深夜23時、203号室にリモコンがなかった
8月の土曜日、外はまだ30度を切らない夜。
23時を回ったころ、ハウスのグループトークが三回続けて震えた。暑い。リモコンがない。助けて。この春に入居したハルからで、203号室の壁掛けエアコンのリモコンが、部屋のどこにもない。
前の住人が持って出たのか、引っ越しの段ボールに紛れたのか。真相はいまだに不明。
私は階段を上がりながら、頭の中で手順を並べていた。今夜だけしのぐ方法、明日から普通に使う方法、来週までに元へ戻す方法。
部屋の温度は31度、前髪が額に張り付いていた
ドアを開けると、むわっとした空気が廊下へ流れ出した。
壁の温度計は31度。ハルは床に座って扇風機に顔を向け、前髪が額にぺたっと張り付いている。
「本体にボタンとかないですよね」
あるんだよね、それが。
先に確かめるのは、リモコンが原因かどうか
今回は現物がない話だけれど、リモコンが手元にあって効かない場合は、代用品を探す前に三点だけ確かめてほしい。
電池を新品に替える。リモコンの先端から赤外線が本当に出ているかを、スマホのカメラ越しに見る。それから本体の応急運転ボタンで動くかどうか。応急運転で動くなら、壊れているのはリモコン側だと切り分けられる。
赤外線はインカメラのほうが映りやすい。本体側に問題があるなら、リモコンを何個買っても涼しくならない。
今夜だけ乗り切る、応急運転ボタン
前面パネルの裏にある、爪の先ほどのボタン
ほとんどのエアコンには本体に応急運転ボタンがあり、前面のカバーを開けた内側か、本体の下側に付いている。
小さな丸いボタンか、ペン先で押すタイプのスイッチで、押すと運転が始まり、もう一度押すと止まる。
203号室の機種は、前面パネルの両端を持って持ち上げた右下。指の腹では押しにくくて、ボールペンの尻で押す。
(これで動かなかったら、氷枕しかない)
カチ。三秒の間があって、ブォンと風が出た!
ハルの肩が、目に見えて下がった。
温度も風量も選べない。それでも眠れる25度
応急運転は、エアコンがその場の室温と外気温を見て勝手に決める運転だ。
パナソニックなら設定温度25度の自動運転で、温度も風量も風向も変えられない。
日立は冷房なら27度、暖房なら23度を目標に自動で選ぶ。
ダイキンも同じく自動運転で、モードや温度の変更はできない。
機種によっては、押すたびに冷房、暖房、停止と順に切り替わるものもある。
言い換えれば、今夜眠るには十分で、明日の昼を過ごすには足りない。
冷えすぎたら本体のボタンでもう一度止める。それだけ伝えて、私は部屋を出た。
ブレーカーを入れ直すと勝手に運転が始まる機種もあるけれど、メーカーが勧める方法ではなく、本体に負担をかけかねない。
応急運転ボタンが見つからないときの、最後の最後の手段として覚えておく程度でいい。
明日から普通に使う、汎用リモコンとスマホ
1,600円の汎用リモコンで、三つ目のコードが当たった
日曜の朝、共用の引き出しから出してきたのは、去年私が買っておいた汎用リモコン。オーム電機のもので1,628円。
国内メーカーの製品に絞ると、汎用リモコンはオーム電機かエルパの二社にほぼ行き着く。
エルパの上位機種は3,484円。
電池は単4が二本。
使い方はメーカーコードの設定から。説明書のコード一覧でメーカーを探し、設定ボタンを長押しして番号を合わせ、エアコンが動けば完了。動かなければ、同じメーカーの隣の番号を順に試す。
203号室の機種は富士通ゼネラルの少し古いもの。一つ目のコード、無反応。二つ目、無反応。
(これ、外れたら月曜まで応急運転か…)
三つ目でピッと鳴った。ハルが小さく拳を握る。
効かなかったのは風向だけ。それで困るかどうか
温度、冷房と除湿の切り替え、風量、タイマー。ここまで動いた。
動かなかったのは風向の上下だけ。汎用リモコンは対応メーカーの機種でも、タイマーや風向のような一部の機能が使えないことがあり、多機能なエアコンほど高度な機能は反応しない。
その後の二週間、ハルはそれで普通に暮らした。風向が固定でも、寝る位置をずらせば済む話だったから。
古い機種や海外製だと、対応表に載っていても反応しないことがある。
数百円の輸入品で16年前の日立が動いた例もある一方、反応しない機種の報告も混ざる。
安いものほど、買う前に低い評価のレビューだけ読んでおく。自分の機種が動かない報告が、そこに集まっている。
大手の賃貸会社が最初から汎用リモコンを備え付けにしているくらいだから、日常使いとしては立派に成立する。
スマホをリモコンにできるのは、赤外線を積んだ機種だけ
リモコン代用と聞いて最初にアプリを探す人は多い。私もそうだった。
答えは単純で、iPhoneとほとんどのAndroidには赤外線を出す部品が載っていない。アプリを入れても、光が出なければ家電は動かない。
3階のタクミは例外だった。彼のスマホはシャオミのRedmiで、このシリーズは赤外線ブラスターを内蔵した機種が多い。
標準のMiリモートというアプリでメーカーを選ぶと、そのまま自室のエアコンが動いた。
「リモコン、もう半年見てないっす」
彼はそう言って、スマホの頭をエアコンに向けてみせた。
赤外線のないスマホで同じことをしようとして、広告だらけのアプリを二つ入れて消した夜が、私にもある(泣)
対応がテレビだけだったり、広告が多かったり、動作の信頼性にも疑問が残るものが多い。
スマホでやるなら、赤外線を積んだ端末か、この後に書くスマートリモコンのどちらかしかない。
来週までに元へ戻す、純正リモコンの手に入れ方
型番は室内機の側面のシールにある
月曜の朝、ハルと二人で203号室のエアコンの横を覗き込んだ。
室内機の右側面、白いシールに機種の型番。これがないと純正リモコンは注文できない。
型番は本体の側面か底面に書かれていることが多い。
スマホで撮って、そのまま運営へ送る。
純正はメーカーの部品窓口か、家電量販店の取り寄せか、通販で手に入る。値段は4,000円から1万円ほど。
古い機種だと生産が終わっていて、汎用リモコンしか道がない場合もある。
203号室の純正は、注文から九日で届いた。3,800円。
(九日、長いって…)
その九日を、汎用リモコンが埋めた。
賃貸なら、誰が払うかを先に決める
うちのハウスでは、この3,800円を運営が持った。
理由は入居時の設備チェック表で、リモコンの欄が空白だったこと。つまり、ハルが入る前からなかった証拠が残っていた。
賃貸では、経年劣化による故障なら貸主の負担で修理や交換になる。
自分でなくした場合は入居者の弁償が基本。
大手の管理会社の案内でも、紛失は入居者負担で、汎用リモコンを用意するか、メーカーと型番を添えて連絡するよう書かれている。
入居初日に、リモコンを一枚撮っておく。ここで数千円が浮くか消えるかが決まる。
正直言って、うちのチェック表の空白は、運営側の記入漏れだった可能性もある(笑)
空白は空白として通った。記録は、あるほうが強い。
二度と探さない、スマートリモコンという答え
リビングのハブは、リモコンなしでも登録できた
うちの共用リビングのエアコンは、去年の夏からスマホで動いている。
三菱の古い機種で、リモコンは私が入居する前から行方不明。SwitchBotのハブは、本来なら手持ちのリモコンをハブに向けてボタンを押し、メーカーと機種を自動判定させる。認識されない場合は手動でメーカーを選び、表示される複数の候補を一つずつ試す。候補が30以上あるメーカーもあるが、多くは上位五つで見つかる。
リビングは五つ目の候補で動いた。冷房、温度、風量まで全部。
ボタンごとに信号を学習させる方法もあるけれど、こちらは元のリモコンが要る。
リモコンがないなら、プリセットの候補を根気よく試すしかない。動いたときの息の抜け方は、汎用リモコンのピッの比じゃなかった。
値段は、センサーなしの入門機で3,980円、SwitchBotのハブミニで5,980円。
センサー付きの上位機は8,980円から9,980円。
純正リモコンとほぼ同じ金額で、スマホと声で動く部屋になる。
赤外線は壁を抜けない。部屋ごとに一台
ここでハルの目が光ったので、水を差しておいた。
赤外線は壁を透過しないから、スマートリモコンは部屋ごとに一台要る。
リビングのハブは、203号室のエアコンには届かない。
ハルは純正が届くまで汎用リモコンで過ごし、届いたあとで自分の部屋用のハブを買った。
理由を聞いたら、外から帰る十分前に冷房を入れたいから、と。
はぁ…と息を吐いた、あの夜の31度を思い出せば、当然の投資だと思う。
代用の四段階と、203号室のその後
リモコンがない夜に取れる手は、四段階に整理できる。
今夜は本体の応急運転ボタン。明日からは汎用リモコンか、赤外線付きのスマホ。来週までに型番を調べて純正を注文し、支払いの責任を先に決める。二度と探したくないなら、部屋ごとにスマートリモコン。
飛ばしていい段階はあっても、順番を逆にする意味はない。
203号室の壁には今、フックが一つ増えた。純正リモコンの定位置で、ハルが自分で付けた。
汎用リモコンは共用の引き出しに戻り、次の熱帯夜を待っている。

コメント