ドアの下から出たケーブルを、三人が踏んだ
オンライン会議が二回続けて落ちた日、無線をやめる決心をした。
ルーターは玄関脇の共用スペース。自分の部屋までは、廊下を挟んで七メートル。
とりあえず二十メートルのケーブルを買って、床に這わせた。廊下を横切って、ドアの下をくぐらせて、机まで。
その日の夜、住人が三人続けて踏んだ。
四人目のタケルは、ケーブルに足を引っかけて壁に手をついた。ばんという音が響いて、廊下の照明が揺れた。
(これ、誰か転ぶな)
翌朝、床に張り付いたケーブルを剥がしながら、やり方を根本から考え直した。
シェアハウスで三年、住人の部屋を含めて六回このての配線をやった。壁に穴は開けられない。ビスも打てない。その制約の中で、通せる経路と通せない経路が見えてきた。
床を這わせるのは、最後の手段
一番簡単で、一番トラブルが多い。
踏まれる。掃除機に吸われる。引っかかって抜ける。共同生活だと、他人の動線まで巻き込む。
床に置くなら、その上を覆う専用のカバーが必要になる。それを買うくらいなら、別の経路を探したほうが早い。
通す高さを、上げる
これが答えだった。
足が届かない高さにケーブルを持ち上げれば、踏まれない。掃除機も届かない。
壁の上端、鴨居の上、カーテンレールの裏。目線より上には、意外と道がある。
穴を開けずに固定する道具
粘着式のケーブルクリップ
主役はこれ。
裏に両面テープが付いた、小さな樹脂の留め具。ケーブルを挟んで壁に貼る。百円ショップで十個入りが買える。
壁紙に貼るので、剥がすときが問題になる。ドライヤーで温めてからゆっくり剥がすと、糊が残りにくい。
うちは三年貼りっぱなしのものを一度剥がしたが、壁紙は無事だった。素材によっては表面が持っていかれるので、目立たない場所で試してから本設置する。
間隔は三十センチごと。それより広いと、ケーブルが垂れてたるむ。
マスキングテープを、下に一枚挟む
壁紙が心配な人向けの技。
先にマスキングテープを貼って、その上にクリップの両面テープを貼る。
剥がすとき、マスキングテープごと外れる。壁紙に直接触れていないので、傷が残らない。
うちの住人が退去のときにこれで助かった。管理会社の確認で、何も指摘されなかった。
テープは幅の広いものを選ぶ。細いと、クリップの粘着が壁紙にはみ出す。
ドアの上を、どう越えるか
部屋のドアが最大の障害になる。
ドアの下をくぐらせると、開閉のたびに擦れる。被覆が削れて、中の線が露出する。うちで一度、半年でこうなった。
上を越える。ドア枠の上端に沿ってクリップで留めて、反対側に降ろす。
ドア枠と壁の境目は、わずかに段差がある。この段差にケーブルを押し込むと、クリップなしでも保持されることがある。うちの廊下側はこれで通した。
薄いケーブルという選択肢
フラットタイプは、隙間を通る
断面が平べったい、きしめんのような形のケーブル。
厚みが一ミリ台のものがある。これが賃貸配線の切り札になる。
ドアの隙間、窓のサッシの隙間、フローリングと巾木の境目。通常のケーブルでは無理な場所を通せる。
うちは廊下と部屋を、ドアの蝶番側の隙間で繋いだ。ドアの開閉に干渉しない位置を探すのに三十分かかったが、見つけてしまえば以降は無傷。
性能は、落ちる場合がある
薄いぶん、内部の構造が簡略化されている製品がある。
外部からの電気的な干渉を受けやすく、長い距離を引くと速度が落ちることがある。
うちは十メートルのフラットケーブルで、無線より明確に速くなった。実用上の問題は出ていない。
ただ、電子レンジや冷蔵庫の裏を通す配線は避けた。同じ経路で試したとき、会議中に一度切れた。
カーペットの下は、避ける
フラットだから敷物の下を通せる、と考える人がいる。
踏まれ続けると、薄いぶん潰れる。内部の線が変形して、断線に近い状態になる。
うちの住人がラグの下を通して、三か月後に接続が不安定になった。ケーブルを引き出したら、踏まれていた部分だけ白く変色していた。
通すなら、家具の脚が乗らない位置を選ぶ。
部屋にLAN端子があるなら
壁の四角い穴を、確認する
築年数の新しい建物だと、各部屋の壁にLANの差し込み口が付いていることがある。
電話の端子と形が似ているので、見落としやすい。差し込み口の幅が広いほうがLAN用。
うちのシェアハウスは、リビングと二部屋だけに付いていた。三年住んで、二年目に気づいた住人がいる。
付いていても、繋がっていないことがある
端子はあるのに、通信できない。この場合、建物内の配線が接続されていない可能性がある。
玄関脇や洗面所の点検口に、集線装置が収まっていることがある。うちは洗面所の天井に扉があって、そこに機器が入っていた。
勝手に触る前に、管理会社に確認する。共用部の設備なので、無断で配線を変えると問題になる。
うちは連絡して、業者が来て、繋いでもらった。費用はかからなかった。
使えるようになると、話が全部変わる
部屋に端子が生きていれば、廊下を横断する必要がない。
壁の口から机まで、二メートルのケーブル一本で済む。
うちの住人は、この確認をせずに二十メートルのケーブルを買っていた。開通したあと、余ったケーブルは共用の予備箱に入った。
配線を計画する前に、まず壁を見る。
ケーブルを選ぶときの数字
長さは、実測に三メートル足す
直線距離で測ると、必ず足りなくなる。
壁沿いに這わせると、角を曲がるたびに距離が伸びる。机の裏で余裕を持たせる必要もある。
うちは経路を紙に描いて、区間ごとに測って合計した。それに三メートル足した長さを買った。
余ったぶんは、机の裏でゆるく束ねる。きつく巻くと、そこで性能が落ちることがある。
規格の数字は、六で足りる
ケーブルの箱に、カテゴリという表示がある。数字が大きいほど高性能。
家庭の回線速度で使う範囲なら、六と書かれたもので十分。それ以上の規格は、太くて硬くなる。
賃貸の配線では、取り回しの柔らかさのほうが効いてくる。硬いケーブルは、角で曲げるとクリップから外れる。
うちが使っているのはカテゴリ六のフラットタイプ。十メートルで千五百円ほど。
爪の折れないタイプを選ぶ
端子の先にある、小さな樹脂の爪。抜け止めの役割をしている。
これが折れると、抜けやすくなる。ケーブルを引っ張ったとき、この爪が引っかかって折れる。
爪の周りをカバーで覆った製品がある。数百円高いだけなので、こちらを選ぶ。
うちは折れたケーブルを二本捨てている。どちらも机の裏で引っかけたのが原因。
共同住宅ならではの注意
共用部にケーブルを這わせない
廊下や階段は、避難経路でもある。
床に物を置くのは、防火の観点で問題になることがある。管理会社から指摘されたら、その場で撤去することになる。
うちは廊下部分を、壁の高い位置に上げた。床に何もない状態を保っている。
他の住人の動線を横切る配線は、事前に一言伝える。うちは共用の連絡グループに写真を送った。反対する人はいなかった。
退去時に、全部剥がす前提で組む
最初から、剥がすときのことを考えて作る。
どこにクリップを貼ったか、写真を撮っておく。三年経つと、自分でも忘れる。
うちは配線図を紙に描いて、共用の書類ケースに入れてある。次に同じことをやる住人のために。
糊が残ったら、消しゴムでこすると取れることがある。強くやると壁紙が毛羽立つので、力は入れない。
床に置くなら、覆う
どうしても床を通すしかない場所。
ケーブルを覆う樹脂のカバーが、ホームセンターで売っている。断面が半円形で、上を歩いても平気な硬さ。
両面テープで床に貼るタイプと、置くだけのタイプがある。賃貸なら置くだけを選ぶ。
うちは廊下の一メートルだけ、これを使っている。踏まれても、ケーブルには届かない。
先月、住人のリョウが部屋の壁をじっと見ていた。
指でなぞって、四角い蓋を見つけて、爪を引っかける。
かちりと開いた中に、使われていないLANの差し込み口があった。
「これ、最初からあったんですね」
彼が買ってきた二十メートルのケーブルは、封も切られないまま予備箱に入った。
壁から机まで、二メートルの線が一本。それだけで、会議は落ちなくなった。

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