前日の夜、床が見えていなかった
エアコンの交換工事が翌朝九時。
そのことを思い出したのが、前夜の二十三時過ぎだった。
部屋を見回す。床に脱いだ服、読みかけの本、宅配の段ボールが三箱。ベッドの上には洗濯物の山。
(明日、人が入るんだった)
エアコンの下には、背の高い棚。その前に自転車。作業スペースなんて概念が、この部屋には存在していなかった。
深夜二時まで片付けた。ゴミ袋が四つ出た。
翌朝、業者は何も言わずに作業を始めて、一時間で帰っていった。
シェアハウスに三年住んで、電気工事の立ち会いを六回やった。エアコン、コンセントの増設、照明器具の交換、分電盤の点検。
どこまで片付ければいいのか、毎回迷った。今なら基準が分かる。
全部片付ける必要はない
最初に安心してほしいのは、部屋全体を綺麗にする必要はないということ。
業者が見ているのは、作業する場所と、そこまでの通り道だけ。
部屋の隅に物が積まれていても、作業に関係なければ問題にならない。
実際、うちの住人の部屋はどこも散らかっていた。工事は普通に終わった。
片付けるべき範囲は、三つ
作業する場所の周囲、玄関からそこまでの経路、そして分電盤の前。
この三か所だけを空ける。それで足りる。
作業場所の周囲を、空ける
脚立が立つ広さ
壁や天井の工事なら、脚立を立てる。
脚立の底面は、およそ六十センチ四方。安定して立てるには、その周囲にも余裕が要る。
作業する壁の前に、一メートル四方の空間を作る。これが目安。
うちはエアコンの下に棚があって、それをどかすのに三十分かかった。前夜にやっておけばよかった。
床に物を置かない
作業中、業者は上を向いて手を動かす。足元は見ていない。
床に小物が転がっていると、踏む。あるいは、脚立の脚が乗って傾く。
うちの住人の部屋で、充電ケーブルが床を横切っていた。作業員が足を引っかけて、脚立が揺れた。あの瞬間、部屋の空気が止まった。
細かいものほど危ない。大きな家具より、床の小物を優先して片付ける。
養生できるようにする
業者は、床にシートを敷いてから作業する。
そのシートを広げる面積が必要になる。
うちは、シートを敷こうとした業者が、床の物を避けながら不自然な形に折っていた。結果、養生していない部分に埃が落ちた。
シートは、一メートル半四方くらいを想定しておく。
通り道を、確保する
幅六十センチを、玄関から
工具箱を持って歩ける幅が要る。
両手に荷物を持った状態で、体を斜めにせず通れるか。これで判断する。
うちの廊下は、段ボールが片側に積まれていた。人一人が横向きでようやく通れる状態。
作業員は何も言わなかったが、往復のたびに体をひねっていた。見ていて申し訳なかった。
玄関に、靴を置くスペース
細かい話だけれど、実際に困る。
作業員は靴を脱いで上がる。その靴を置く場所が要る。
うちの玄関は、住人六人の靴で埋まっていた。作業員が靴を持ったまま立っていた。
工事の日は、玄関の三足ぶんを空けておく。
ドアが全開になるか
大きな機材を運び入れる場合、ドアが完全に開く必要がある。
ドアの裏に物を掛けていたり、開く先に家具があると、途中で止まる。
うちはエアコンの室内機を運び込むとき、ドアが九十度までしか開かなくて、斜めに入れることになった。
前日に、ドアを一度全開にしてみる。
分電盤の前を、空ける
ほぼすべての工事で、触る
どんな電気工事でも、作業前にブレーカーを落とす。
分電盤の位置を、まず確認する。玄関の上、廊下の壁、台所の上。建物によって違う。
うちの一部屋は、分電盤の下にタンスが置かれていた。上に手を伸ばすのに、タンスの上に載る必要があった。
前日に、その下を空ける。
脚立が届く高さか
分電盤は高い位置にあることが多い。
その真下に物があると、脚立が立てられない。
うちは洗濯機の上にあって、洗濯機をどかすことになった。作業員が二人がかりで動かしていた。
自分で動かせるなら、前日に動かしておく。
照明が届くか
分電盤の周りが暗いと、作業が遅くなる。
物が積まれて光が遮られていることがある。
うちは、分電盤の前に棚を置いていて、影になっていた。作業員が懐中電灯を口にくわえていた。
業者が困る、本当のこと
汚れているかどうかではない
うちの住人が、工事に来た人に直接聞いたことがある。
散らかっている部屋は日常的にあって、それ自体は問題にならないという答えだった。
困るのは、作業できない状態。手を伸ばせない、脚立が立たない、配線を辿れない。
綺麗さではなく、機能の問題。
触ってほしくない物を、伝える
作業のために物を動かすことがある。
壊れやすい物、触られたくない物は、事前に別の部屋に移すか、業者に伝える。
うちの住人が、机の上の模型を動かされて、部品が一つ外れていた。悪気があったわけではない。伝えていなかっただけ。
移せない物には、触らないよう口頭で伝える。
ペットと小さい子ども
作業中、工具や部品が床に置かれる。
猫が咥えて持っていったという話を、うちの住人が業者から聞いた。
工事のあいだ、別の部屋に移してもらうよう頼まれることがある。
先に伝えておくと、業者も準備ができる。
賃貸で工事を入れるとき
立ち会いが必要か、確認する
管理会社経由の工事だと、立ち会いを求められることが多い。
不在時に鍵を預けて作業してもらう形もある。
うちは共用部の工事で、住人の誰か一人が立ち会う形にした。全員が休みを取る必要はない。
不在で進める場合、部屋の状態を伝えておく。作業できない状態だと、その日は中止になる。
写真を残す
工事の前と後で、部屋の状態を撮っておく。
壁に傷が付いた、床が汚れた、という話になったとき、比較する材料になる。
うちは一度、工事後に壁紙の端が浮いているのに気づいた。前の写真と比べて、工事によるものだと分かった。業者が補修に来た。
撮るのは三分で終わる。
共用部の工事は、住人に伝える
廊下やリビングで作業する場合、他の住人が通れなくなる時間がある。
うちは共用の連絡グループに、前日と当日の朝に流している。
断水や停電を伴う工事なら、それも伝える。洗濯機を回している最中に電気が止まると、面倒なことになる。
前日にやる、最低限
三十分で終わる範囲
深夜二時まで片付ける必要はなかった、というのが今の実感。
作業場所の一メートル四方、玄関からの通路、分電盤の下。この三か所だけなら、三十分で片付く。
それ以外の場所は、そのままでいい。
うちの住人は今、この範囲だけをやっている。工事は問題なく終わっている。
どかした物の、置き場所
片付けるといっても、物は消えない。
別の部屋に移すか、押し入れに入れるか。行き先を先に決めておく。
うちは、工事の日だけ共用リビングの隅を借りることにしている。終わったら戻す。
床に積み直すと、作業が終わったあとの状態が前より悪くなる。
当日の朝、もう一度見る
前夜に片付けても、朝になると何かが増えている。
脱いだ服、飲みかけのコップ、充電中の機器。
うちは、業者が来る三十分前に、作業場所をもう一度確認する。
床の小物だけ拾えば、それで足りる。
先月、リョウの部屋にコンセントの増設工事が入った。
前夜、彼は壁際の一角だけを空けて、玄関からの通路に置いていた靴を並べ直した。所要時間は二十分ほど。
部屋の反対側には、まだ段ボールが積まれたまま。
翌朝、作業員は養生シートを広げて、脚立を立てて、一時間で帰っていった。
「あれだけでよかったんですね」
新しいコンセントの周りだけが、部屋の中で妙に整って見えた。

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