ボウルの底に沈んでいく、白い塊を見た
鶏がらでスープを取った日。三時間、鍋につきっきりでした。
灰汁をすくって、火加減を見て、ようやく透き通った黄金色。ザルにキッチンペーパーを敷いて、そこへ静かに注いだ。
最初の一瞬は、うまくいっていたんです。
ずるっ。
紙が真ん中から沈んだ。ちぎれた白い繊維が、スープの中でふわりと広がっていく。
三時間分の鶏がらスープに、紙が溶けていく光景。声、出ませんでした。
破れたのではなく、溶けた
あとで袋を確認して、理由がわかりました。
使っていたのは、ふきんの代わりに使えるタイプではなく、水を吸わせるためのやわらかい紙。
熱い液体を注いだ瞬間、繊維の結びつきがゆるむ。破れるというより、ほどける。
(紙は紙でしょ、と思っていた自分を殴りたい)
同じ棚に、二種類の紙が並んでいる
スーパーのキッチンペーパー売り場。ぱっと見、全部同じに見えます。
中身は、まるで別の道具です。
片方は、濡れても形が崩れない。もう片方は、濡れた瞬間に力を失う。値段はほとんど変わらない。
濾す作業で失敗する人の大半は、後者を手に取っています。
濾せる紙と、濾せない紙
フェルトタイプは、水に強い
不織布に近い、少し厚みのあるタイプ。指で引っ張ると、みっしり抵抗がある。
濡らしても破れにくく、絞っても形が残る。ふきんのように何度か洗って使えると書かれているのは、この系統です。
濾すなら、これ。他の選択肢はありません。
エンボスタイプは、濡れると力尽きる
表面にぽこぽこと凹凸が付いた、ふわふわの紙。吸収力が高くて、油を吸わせたり、水気を拭いたりするのが得意。
その吸収力の裏返しで、濡れると一気に弱くなる。
熱い液体なら、なおさら。私の鶏がらスープを台無しにしたのは、この子です。
拭くための紙で、濾そうとしない。
袋に書いてある、たった一行
見分け方は、袋の裏。
水に強い、洗って使える、濾せる。この手の文言があれば、フェルト系。
書いていなければ、拭く専用だと思ってください。
一秒で終わる確認です。三時間の鍋を守るには、じゅうぶん安い。
濾すのではなく、落とす
押すな、絞るな、待て
うまくいかない人は、たいてい急いでいます。
上から押す。スプーンで潰す。紙ごと絞る。
全部、逆効果。押した瞬間に、濁りの元まで一緒に押し出しています。紙にも余計な力がかかって、そこから破れる。
液体は、自分の重さで落ちていきます。手伝わなくていい。じっと待つ。
待てないなら、そもそも濾す意味がない。
ザルに敷いて、水で濡らしてから
乾いた紙をそのまま敷くと、注いだ勢いで浮き上がり、ずれます。
先に紙を水で濡らして、ザルにぴたっと密着させる。これだけで、位置が動かなくなる。
油を濾すときは、水ではなく少量の油で湿らせるか、乾いたまま慎重に。水と油が混ざると、あとが面倒なので。
二枚重ねが基本。三枚は詰まる
一枚だと、重い液体に負けます。二枚。ここが均衡点。
三枚にすると、今度は落ちなくなる。透明度は上がりますが、待ち時間が跳ね上がる。深夜のキッチンで、落ちない液体を三十分眺める虚しさ。あれは、もういい。
澄ませたいなら、枚数ではなく時間で解決してください。
何を濾すかで、正解が変わる
出汁とスープ。目指すのは透明感
かつお節や鶏がらを濾すとき、狙いは澄ませること。
だから、絞らない。かつお節を最後にぎゅっと絞ると、雑味と濁りが一気に出ます。上品な吸い物にしたい日は、ぽたぽたが止まるまで放っておく。
味噌汁に使うだけなら、多少絞っても構いません。目的で決める。
ヨーグルトの水切り。時間が全部やってくれる
ザルに紙を敷いて、ヨーグルトを乗せて、冷蔵庫へ。
一晩置くと、水分が落ちて、クリームチーズに近い質感になります。
落ちた液体は、ホエー。捨てないでください。パンケーキの生地に混ぜると、ふわっと軽くなる。
シェアハウスの朝、この水切りヨーグルトが冷蔵庫にあると、争奪戦になります。名前を書いておかないと消える。
揚げ油。ここだけは、絶対に急がない
揚げ物のあとの油。冷めるのを待って、ザルに紙を二枚。
熱いまま注ぐと、紙が一気に劣化して破れます。落ちた高温の油が、下のボウルを溶かすこともある。
必ず、触れるくらいまで冷ましてから。
それと、油はゆっくりしか落ちません。十分、二十分。その間に洗い物を済ませる。急ぐと、揚げカスまで一緒に押し出すことになります。
濾した油は、密閉して冷暗所へ。透明に戻ったからといって、何度も使い回すものでもない。
コーヒーフィルターの代わりになるのか
なる。ただし、味は変わる
フィルターを切らした朝。ドリッパーにキッチンペーパーを折って敷けば、コーヒーは淹れられます。
出ます。飲めます。
ただ、専用のフィルターとは目の細かさが違うので、抜けが速い。薄くなるか、逆に紙が目詰まりして落ちなくなるか。安定しません。
緊急避難。それ以上のものではない。
紙のにおいが移った朝
一度、そのまま淹れて、はっきり紙の香りがしました。段ボールを煮出したような、あの感じ。
コーヒーフィルターと同じで、先に湯を通してすすぐ。この一手間を飛ばすと、一杯目で後悔します。
ドリッパーごと温まるので、味も締まる。どうせやるなら、そこまでやったほうがいい。
破れる人が、必ずやっていること
ザルの底に、紙が触れている
ザルの網目に紙が押しつけられていると、落ちた液体の逃げ場がなくなります。紙が張りついて、そこに圧がかかる。
ザルは、ボウルの底から浮かせる。
落ちた液体に紙が浸かっている状態、あれが破れる直前のサインです。
熱いまま、一気に注いだ
やりがちです。私もやった。
熱い液体は、繊維を弱らせます。そこへ勢いよく注げば、中央に全部の重さが集中する。
少し冷ます。そして、お玉で一杯ずつ。縁に沿わせるように、静かに。
とろとろと落ちていく音を聞きながら待つ。この時間、けっこう好きなんですよ。
端が短くて、内側へ落ちた
紙の縁が、ザルの外にしっかり垂れていますか。
足りていないと、注いだ拍子に端がずるっと内側へ滑り落ちます。そこから一気に終わる。
ザルの直径より、ひとまわり大きく。洗濯ばさみで縁に留めるのも、地味に効きます。
濾したあとに残るもの
捨てる前に、指で押してみる
紙の上に残ったかつお節や野菜くず。捨てる前に、指で軽く押してみてください。
まだ、じゅわっと出てくる。
上品な一杯を目指した日は、そのまま捨てる。翌日の煮物に使うつもりなら、ここを絞って別の器へ。二番出汁として、堂々と使えます。
同じ残りかすが、目的次第でゴミにも材料にもなる。
この家で決めた、二つのルール
うちの共用キッチンには、二種類のキッチンペーパーが並んでいます。
拭くための、ふわふわのやつ。濾すための、みっしりした厚いやつ。
後者のロールには、油性ペンで大きく書いてあります。拭くのに使うな、と。
もうひとつは、濾している最中は、その場を離れないこと。あの日、私が鍋から目を離した三十秒で、白い繊維がスープに広がった。
今は、落ちきるまで台の前に立って、ぽたぽたという音が終わるのを聞いています。三時間の鍋の、最後の五分。ここを雑にやる理由が、どこにもない。

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