再生ボタンを押した瞬間、テレビ画面が真っ黒のまま固まった。数秒おいて、見慣れないエラーの文字がぽつんと浮かぶ。……え。もう一度押す。同じ。本体からは、聞いたことのないカリカリという乾いた音が、規則正しく鳴り続けている。
これ、中で何か引っかかってる音だよな。背中を冷たいものが伝った。この箱の中には、住人みんなで録り溜めた何百時間ぶんの映像が眠っている。もう二度と放送されない特番、消したくなくて残しておいたやつ。それが今、この乾いた音とともに、指の間からこぼれ落ちようとしていた。
再生ボタンを押したら、エラーが出た朝
その日まで、レコーダーが壊れるなんて考えたこともなかった。電源を入れれば録れる、押せば観られる。当たり前に動く箱だと思い込んでいた。当たり前は、ある朝ふいに終わる。
カリカリという異音が、鳴り始めた
異変の前触れは、たぶん少し前からあった。録画の開始がやけに遅い日があった。反応が一拍もたつく瞬間があった。でも気に留めなかった。決定的だったのは、あのカリカリという音だ。中で何かが同じ動きを繰り返し、目当ての場所へたどり着けずにもがいている。そんな音だった。(やばい、これは末期の音かもしれない)聞いた瞬間に悟った。機械が助けを求める最後の合図を、こっちはずっと聞き逃していたのだ。
録り溜めた映像が、人質に取られた
いちばん血の気が引いたのは、本体が壊れると中の録画も道連れになると気づいた時だった。何年もかけて残した映像が、この一台の生死に丸ごと縛られている。箱が死ねば、中身も一緒に消える。そういう仕組みだったのか。バックアップなんて発想は、一度も頭をよぎらなかった。すべての卵を、たった一つのカゴに入れていた。しかもそのカゴが、今まさに底を抜こうとしている。手のひらに、じっとり汗がにじんだ。
寿命はだいたい5年から10年、でも幅がありすぎる
落ち着いてから調べて分かったのは、ブルーレイレコーダーの寿命に、はっきりした一本の数字はないということだった。ざっくり五年から十年。ただ、この幅の広さには理由がある。
本体の寿命は、中のHDDが握っている
レコーダーが寿命を迎える原因の多くは、内蔵されたHDDという部品にある。録画データを溜め込んでいる、あの記憶装置だ。HDDは中で円盤が高速で回り続ける機械で、動く部品である以上、いつかは必ずへたる。消耗品なのだ。本体の寿命という言葉の正体は、ほぼこのHDDの寿命だと言っていい。円盤を読み書きする部分が摩耗し、ある日データを取り出せなくなる。あのカリカリという音は、その部品が限界に近い悲鳴だった。
使い方しだいで、寿命は前後する
だから寿命に幅が出る。HDDは使えば使うほど摩耗するから、毎日何時間も録画・再生を繰り返す家では早く傷み、たまにしか使わない家では長持ちする。設置場所の熱も効いてくる。狭い棚に押し込んで熱がこもると、HDDの寿命は縮む。同じ機種でも、酷使される一台と労られる一台では、寿命がまるで違う。五年で力尽きる個体もあれば、十年を越えて動き続ける個体もある。運の要素も、正直ある。
10年使い倒すより、壊れる前に逃がすほうが賢い
ここで考え方を変えた。何年もつかを気に病むより、いつ壊れてもいいように備える。ここは言い切る。寿命いっぱいまで一台に頼りきるのは、賢い付き合い方じゃない。
消したくない録画は、円盤に焼いて逃がす
どうしても残したい映像があるなら、本体のHDDに置きっぱなしにしてはいけない。ブルーレイディスクへ焼いて、本体の外へ避難させる。これが基本だ。円盤に移してしまえば、レコーダー本体が死んでも、その映像は生き延びる。HDDという消耗品の運命から、大事なデータだけを切り離すわけだ。全部を焼く必要はない。二度と手に入らないもの、消えたら本気で悔やむものだけでいい。この一手間を惜しんだ結果が、こっちのあの朝だった。
お気に入りだけ、外付けにも逃がす
円盤に焼くのが面倒なら、外付けのHDDへ移す道もある。本体につないだ別のHDDに録画を移せる機種なら、内蔵の負担を減らしつつ、置き場所を分けられる。ただし外付けもまたHDDで、これ自体が消耗品だという点は忘れてはいけない。同じ弱点を持つカゴを、もう一つ用意するようなものだ。本当に消したくない一本は、やはり円盤にも焼いておく。カゴを二つ、三つに分けておけば、一つが底を抜いても全部を失わずに済む。
壊れる前に、機械はいくつも合図を送ってくる
あの朝を振り返ると、レコーダーは突然死んだわけではなかった。何度も予兆を出していた。それを読めるようになれば、卵を移す時間を稼げる。
動きが鈍い、反応が遅いは黄色信号
録画の立ち上がりが遅い。番組表を開くのにもたつく。再生の頭出しがひっかかる。こういう動作の鈍さは、HDDが疲れてきたサインであることが多い。買った当初のきびきびした反応と比べて、明らかに一拍遅れるようになったら要注意だ。機械がスムーズに動けなくなってきている。この段階で気づければ、まだ映像を逃がす猶予がある。遅いなと感じたら、それを見過ごさず、大事な録画の避難を始める頃合いだと受け取りたい。
異音と再起動の繰り返しは、末期に近い
そして、あのカリカリやジージーといった異音。これはかなり進んだ段階の合図だ。加えて、勝手に電源が落ちて再起動を繰り返すようになったら、末期が近いと思っていい。ここまで来ると、いつ完全に動かなくなってもおかしくない。異音に気づいた時点で、もう悠長にはしていられない。動くうちに、一刻も早く消したくない映像を円盤へ移す。異音は、機械からの最後通告に近い。聞こえたら、その日のうちに動きたい。
寿命を延ばす置き方も、たしかにある
壊れる前提で備えるのが第一。そのうえで、少しでも長く元気に働いてもらう工夫も、やって損はない。多くはHDDを労る話に行き着く。
熱をこもらせない、それが一番効く
HDDの大敵は熱だ。狭い棚にぴったり押し込んで、背面や上面をふさぐと、動作中に出る熱が逃げ場を失ってこもる。この熱が、HDDの寿命をじわじわ削る。本体の周りに少し隙間を空けて、風が通る置き方にするだけで、負担がだいぶ変わる。ほこりが吸気口をふさぐのも熱がこもる原因になるから、たまに周りを掃除する。熱を逃がすこと。これが、寿命を延ばすうえでいちばん地味に効く。
電源をこまめに抜き差ししない
節電のつもりでコンセントを毎回抜く人がいるが、レコーダーではこれが裏目に出ることがある。電源の入り切りは、HDDにとって負担のかかる瞬間だからだ。円盤が回り始める時と止まる時に、部品はいちばんストレスを受ける。頻繁にこれを繰り返すと、かえって寿命を縮めかねない。番組表の更新など、電源を切っている間に裏で動く処理もある。むやみに主電源を落とさず、待機の状態を保っておくほうが、機械には優しい場合が多い。
買い替えどきの見極めも、寿命とセットで考える
異音が出た一台は、いずれ買い替える運命にある。その時、どう判断し、どう次へ移るか。ここまで見据えておくと、いざという時に慌てない。
修理より買い替えが、割に合うことが多い
HDDがへたった古いレコーダーは、修理に出しても費用がかさみがちだ。部品交換となれば、それなりの金額になる。しかも直したところで、他の部品も同じだけ歳を取っている。ここを直せば次はあそこ、といういたちごっこになりやすい。発売から年数が経った機種なら、修理につぎ込むより新しい一台に替えたほうが、長い目で見て割に合うことが多い。異音が出るほど使い込んだのなら、それは十分に働いてくれた証でもある。
次に選ぶなら、逃がしやすさで選ぶ
買い替えるなら、次はデータを逃がしやすい機種を選びたい。外付けHDDへ移しやすいか、円盤へ焼く操作が楽か。ここを基準に据えると、次の一台とは寿命を気にしすぎずに付き合える。容量の大きさや画質の派手さも気になるところだが、それ以上に、大事な映像をいざという時に避難させられるかが効いてくる。一台に運命を預けない構えで選べば、また同じ朝を迎えずに済む。
うちが出した、レコーダーの寿命との付き合い方
あのカリカリという音を聞いてから、レコーダーへの向き合い方がまるごと変わった。何年もつかを数えるのはやめた。かわりに、消したくないものは早めに円盤へ逃がす癖がついた。寿命の正体は、中で回り続けるHDDという消耗品の寿命だった。箱そのものより、中身をどう守るか。そこにいちばん頭を使うようになった。
一台に全部を預けない、それだけで眠れる
結局、あの朝のレコーダーは、異音が出てから数日後に完全に沈黙した。ぎりぎり動くうちに、本当に消したくなかった数本だけは円盤へ焼き出せた。全部は間に合わなかった。何百時間のうち、救えたのはほんの一部だ。あの悔しさを、二度は味わいたくない。今の新しい一台では、お気に入りを見つけるたびに円盤へ焼いている。棚には少し隙間を空けて、熱がこもらないようにした。いつ壊れてもいい。そう思えるようになった途端、あの乾いた音に怯える夜は消えた。卵を一つのカゴに盛らない。たったそれだけのことを、こっちは高い授業料を払って覚えた。

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