洗濯機を置いた日、床に穴だけが空いていた
搬入の日。業者が洗濯機を置いて、ホースを繋ごうとして手が止まった。
「あの、エルボがないんですけど」
床の防水パンには、直径五センチほどの丸い穴。その中に、灰色の管が見えるだけ。
本来そこに刺さっているはずの、L字に曲がった部品がない。
え、これ、どうやってつなぐんだ
業者は、繋げないと帰りますとは言わなかったけれど、腕時計を見た。次の現場が待っている顔だった。
その日は洗濯機を置いただけで、ホースは床に転がしたまま。夜、コインランドリーまで歩いた。徒歩十二分。あの帰り道の、乾燥したタオルの重さは忘れない。
シェアハウスに入る前、一人暮らしを転々としていた時期に三回これをやった。三回とも対応が違った。
まず、誰の持ち物なのかを整理する
排水エルボは、建物側の設備。洗濯機の付属品ではない。
これが理解の出発点。ホースは洗濯機に付いてくる。エルボは部屋に付いている。
前の入居者が自分の物と勘違いして持っていった。あるいは退去時の清掃で外れて紛失した。そういう経緯で消える。
建物の設備が欠けている状態なので、原則として貸主が用意する。ここは強く言っていい。
ただし、争っている時間がない
理屈はそうでも、洗濯機は今日動かしたい。
連絡して、確認されて、業者が手配されて、となると数日かかる。その間コインランドリー通い。
うちの判断は、連絡だけ先に入れて、自分で買うというやり方に落ち着いた。理由は後で書く。
管理会社への連絡の仕方
入居直後なら、写真を先に送る
入居してすぐ気づいたなら、その場で撮る。
穴だけが空いた防水パン、あるいは排水口の周辺。日付が記録される形で残す。
そのうえで連絡する。設備が欠けている状態で引き渡された、という事実を先に伝える。
これをやっておかないと、退去のときに面倒になる。自分が壊したことにされる可能性がある。実際、うちの住人が入居半年後に指摘して、いつからですかと聞かれて答えに詰まった例がある。
電話ではなく、文字で残す
電話で伝えると、記録が残らない。
メールか、管理会社のアプリのメッセージ機能を使う。
排水エルボが設置されていないため洗濯機が接続できない状態です、という一文と、写真を添える。
返答が来るまでの時間も記録になる。急いでいることを伝えるなら、洗濯ができない状態が続いていると付け加える。
うちの一件は、この形で送って翌日に返事が来た。部品を送りますとのことで、三日後に届いた。無料。
自分で買った場合の請求
急ぎで自分で買ったなら、領収書を取っておく。
あとから請求できるかは、相手の対応次第。うちは千円台の部品だったので、請求しなかった。
数千円かかる特殊な形状のものだった住人は、領収書を送って全額返ってきた。
先に連絡を入れておくと、この交渉が通りやすい。無断で買って後から言うと、話が複雑になる。
自分で買うなら、どこで何を買うか
ホームセンターの水道コーナー
いちばん確実。
洗濯機用の排水エルボとして、単体で売っている。値段は五百円から千五百円ほど。
店員に、洗濯機の排水口の部品と伝えれば案内してもらえる。
うちが買ったのは八百円のもの。灰色の樹脂製で、L字に曲がっていて、片方が太く、片方が細い。
家電量販店でも扱っている店がある。洗濯機売り場ではなく、部品のカウンターで聞く。
サイズは、排水口の内径で決まる
ここを間違えると、買い直しになる。
床の排水口の内側の直径を測る。多いのは五十ミリと六十ミリ。
定規を穴に当てて、内側の縁から縁まで。スマホで写真を撮って、店で見せる手もある。
うちは目測で買って、外れた。二回目はメジャーを持っていった。
太いほうが排水口に刺さり、細いほうにホースをはめる。この向きを取り違える人がいるので、店で一度合わせてもらうと安心。
形状が特殊な場合がある
標準的なL字型で合わない建物がある。
排水口が壁際すぎて、L字だと洗濯機が入らない。あるいは、ねじ込み式の特殊な口になっている。
この場合は、建物の管理会社に型番を聞くのが早い。同じ建物の別の部屋のものを見せてもらえることもある。
うちのシェアハウスは、洗面所が二か所あるので、片方の部品を写真に撮って店に持っていった。それで一発で合った。
エルボなしで繋ぐのは、なぜ駄目か
ホースが抜けて、床が水浸しになる
穴にホースを直接突っ込んで使っている人がいる。動く。洗濯もできる。
ただ、排水のとき水が勢いよく流れる。その反動でホースが少しずつ動く。
うちの住人がこれをやって、脱水中にホースが抜けた。洗面所の床が水浸しになって、廊下まで流れた。深夜二時。全員叩き起こされて、タオルで拭いた。
エルボは、ホースを固定するための部品でもある。抜け止めの役割がある。
下水の匂いが上がってくる
排水口の中には、匂いを止めるための水の溜まりがある。
ホースを深く突っ込みすぎると、その構造を壊すことがある。あるいは、隙間から空気が逆流する。
洗面所に入った瞬間、鼻の奥に刺さるような匂いがした日があった。原因は、ホースを差し込む深さだった。
エルボを使うと、差し込む深さが固定される。設計どおりの位置で止まる。
虫が上がってくる経路になる
隙間が空いていると、そこから小さな虫が出入りする。
夏場、洗面所でチョウバエを見かけるようになったら、この線を疑う。
エルボと排水口のあいだに、さらに隙間があるなら、専用のカバーやパテで塞ぐ。ホームセンターに専用の防臭パッキンが売っている。三百円ほど。
取り付けるときの注意
差し込む前に、中を覗く
前の入居者が使っていた排水口には、髪の毛やゴミが溜まっていることがある。
懐中電灯で照らして、詰まりがないか確認する。
うちは一度、白いどろっとしたものが内壁に付着しているのを見つけた。割り箸で掻き出して、熱めの湯を流した。あの感触、思い出すと手を洗いたくなる。
繋いでから詰まりに気づくと、また外すことになる。先に見る。
ホースは、途中で持ち上げない
洗濯機からエルボまでのホース。
途中で高く持ち上がっていると、水がそこに溜まって流れきらない。溜まった水が匂いの元になる。
洗濯機の下をくぐらせて、真っ直ぐ最短で繋ぐ。
長すぎるホースは、切って短くできる製品もある。うちは余った部分をとぐろ状にして床に置いていたが、そこに水が溜まって、シーズン終わりに開けたら黒く濁っていた。
洗濯機を置く前に、繋ぐ
順番の問題。
洗濯機を定位置に置いてしまうと、後ろの排水口に手が届かない。
先にエルボを排水口に差し込んで、ホースを繋いで、それから洗濯機を押し込む。
うちは順番を間違えて、七十キロ近い本体を一度引き出す羽目になった。二人がかりで、腰に来た。
退去のときのために
自分で買ったものは、置いていく
これは判断が分かれるところ。
建物の設備なので、置いていくのが自然。持って帰ると、次の入居者が同じ目に遭う。
自分が体験した不便を、次の人に回す必要はないでしょ。
数百円の部品のために、退去時に指摘されるリスクを負うのも割に合わない。
入居時の写真が、最後に効く
最初に撮った、穴だけの写真。これが退去時に効く。
なかったものを自分が用意した、という記録になる。
うちの住人で、これを見せて原状回復の項目から外してもらった例がある。
入居時に部屋全体を撮っておく習慣は、こういう場面で報われる。
先月、新しく入ってきたリョウの部屋の洗面所を覗いた。
床の排水口に、灰色のL字がきちんと刺さっている。ホースはまっすぐ、たるみなく繋がれていた。
「これ、最初から付いてました」
少し得意そうに彼が言った。
その足元で、洗濯機が最初の一回目を回しはじめた。排水のとき、こぽこぽという音が床から響いて、それきり静かになった。

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