ボタンを押す位置が、少しずつずれていった
共用リビングのリモコン。
決定ボタンの中心を押しても、反応しなくなった。少し左寄りを押すと効く。
住人のあいだで、いつの間にか押し方が共有されていた。左下を親指の腹で、やや強めに。
「そこじゃない、もうちょい下」
新しく入ってきたリョウが、コツを教わっている光景を見て、これは末期だと思った。
(俺たち、リモコン一つに何を最適化してるんだ)
その二週間後、どこを押しても反応しなくなった。
シェアハウスで三年、この手のリモコンを二本だめにしている。三本目が今も動いている。
壊れ方には順番があって、その前に打てる手もあった。
本体より、リモコンが先に死ぬ
これが実感。
スティック本体は、三年経っても動いている。動作が重くなった程度。
リモコンは、二本とも一年半から二年で使えなくなった。
理由は単純で、リモコンだけが物理的に触られ続けているから。
寿命を決めるのは、押す回数と落下
うちの二本は、原因が違った。
一本目は、決定ボタンの接点が摩耗した。共用で一日に何十回も押されたことによる消耗。
二本目は、ソファから床への落下を繰り返して、内部の基板が割れた。
どちらも、日常の扱い方で寿命が変わる部分だった。
壊れていく順番
まず、特定のボタンだけ効かなくなる
最初の兆候。
最も使うボタンから、反応が鈍くなる。決定ボタン、あるいは戻るボタン。
うちの一本目は、決定ボタンだった。押しても反応しない回数が、週に一度から毎日に増えた。
この段階なら、まだ手がある。後で書く分解清掃で戻ることがある。
次に、押す場所によって差が出る
ボタンの中心が効かず、端が効く。あるいはその逆。
内部の導電性のゴムが、部分的に摩耗している状態。
うちのリモコンが、この段階で二か月ほど生き延びた。押し方を工夫すれば使えたので。
ただ、進行は止まらない。次第に効く範囲が狭くなる。
最後は、電池を替えても動かない
反応が完全に消える。
電池交換、再接続、どれをやっても復帰しない。
うちはこの段階で、二本とも買い替えた。
本体は生きているので、リモコンだけを別途購入した。
接点の摩耗を、遅らせる
強く押さない
反応が鈍くなると、人は無意識に強く押す。
それが摩耗を加速させる。
うちの住人は、効かないと感じるたびに、より強く連打していた。あの音、今でも耳に残っている。
反応が悪いときは、力ではなく、清掃を先に試す。
分解して、拭く
背面のねじを外すか、爪で嵌め込まれた部分を開ける。
中に、黒いゴムのシートと、基板がある。
ゴムの裏側の黒い部分と、基板の接点。この二か所を、綿棒に無水エタノールを含ませて拭く。
うちの一本目は、これで三か月ほど延命した。皮脂とほこりが、接点に膜を作っていた。
分解すると保証がなくなる。壊れたと判断してから試す。
導電性の塗料を使う
ゴムの黒い部分が摩耗して、薄くなっている場合。
導電性の塗料を塗ると、機能が戻ることがある。
うちの住人が試して、成功した。数百円の塗料で、半年延びた。
薄く塗る。厚く塗ると、ボタンが常に押された状態になる。
アルミの粘着テープを小さく切って貼る方法もある。うちはこちらを使った。
落下から、守る
ソファの隙間が、一番危ない
座面のあいだに落ちて、そのまま押しつぶされる。
あるいは、立ち上がったときに床へ落ちる。
うちの二本目は、この落下を繰り返した。高さ四十センチほどだが、回数が積み重なる。
内部の基板と、ボタンの接点が、衝撃で徐々にずれていく。
置き場所を、決める
これが最も効いた対策。
うちは、テレビ台の上に定位置を作った。小さな箱を置いて、そこに戻す。
共用だと、誰かが必ず別の場所に置く。定位置があると、戻す習慣がつく。
探す時間もなくなった。副次的な効果のほうが大きかったかもしれない。
カバーを付ける
シリコン製のカバーが、数百円で売っている。
落下の衝撃を吸収する。滑りにくくなるので、そもそも落ちにくい。
うちの三本目には、最初からカバーを付けた。二年経って、まだ全部のボタンが効く。
カバーの上からボタンを押すことになるので、押した感触が少し変わる。慣れれば気にならない。
電池まわりの、寿命
液漏れが、致命傷になる
長期間使わずに放置すると、電池から液が漏れる。
その液が金属の端子を腐食させると、修復できない。
うちは、長期間使わない機器から電池を抜く習慣にした。
白い粉が付着していたら、綿棒で除去する。ひどい場合は、端子ごと交換になる。
端子のばねが、へたる
電池を何度も交換すると、押さえるばねが弱くなる。
電池が固定されず、接触が不安定になる。
うちの一本目は、リモコンを振ると反応が途切れた。ばねがへたっていた。
細い棒で、ばねを少し引き伸ばすと戻ることがある。応急処置として使える。
充電式の電池は、避ける
電圧がわずかに低い。
それだけで、動作が不安定になる機種がある。
うちは充電式を使っていて、反応が悪いと感じていた。乾電池に替えたら、その場で改善した。
壊れたと思っていたものが、電池の種類だっただけ。この経験は、住人全員に共有した。
買い替えるときの選択
リモコンだけ、買える
本体が生きているなら、リモコンだけ購入できる。
価格は二千円から四千円ほど。
うちは二回とも、この方法で対応した。本体ごと買い替えるより安い。
機種によって対応するリモコンが違うので、型番を確認してから買う。
互換品という選択
純正でない製品が、安く売られている。
うちは一度試した。動作はしたが、音声で操作する機能が使えなかった。
基本的な操作しかしないなら、これでも足りる。
ボタンの押し心地は、純正より硬かった。
スマホのアプリを、併用する
リモコンが壊れる前に、これを入れておく。
本体を操作するアプリが用意されている。リモコンと同じことができる。
うちは住人全員がアプリを入れている。リモコンが死んでも、その日から困らない。
文字を入力するときは、アプリのほうが速い。検索するときはこちらを使う住人もいる。
共用で使う場合の、追加の対策
押す人数が、寿命を縮める
うちのリモコンは、六人で使っている。
単純計算で、一人暮らしの六倍のペースで摩耗する。
一年半で壊れたのは、これが理由。一人で使えば、十年近く持つ計算になる。
共用の機器は、寿命が短いことを前提に予算を組む。
予備を、一本持つ
うちは今、予備を一本置いている。
壊れた日に、すぐ交換できる。
リモコンが使えない期間があると、テレビの前に人が集まらなくなる。共用スペースが静かになる。
数千円で、それを避けられる。
手を洗ってから、触る
食べながら操作する住人がいた。
油がボタンの隙間に入り、内部まで到達する。
うちのリモコンを分解したとき、基板に薄い油の膜があった。
拭けば落ちるが、放置すると接点の劣化が早まる。
先月、リモコンの定位置の箱に、シリコンのカバーを付けた三本目が置かれていた。
リョウが手に取って、決定ボタンを軽く押す。一度で反応した。
「これ、ふつうに効きますね」
中心を押すだけで動く。誰も左下を狙わない。
使い終わったあと、彼はそれを箱に戻して、リビングを出ていった。

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