朝五時、喉が張り付いて目が覚めた
一月の乾いた朝。息を吸った瞬間、喉の奥がひりっとして咳が出た。
枕元のペットボトルを掴んで飲む。水が通ったところだけ、痛みが引く。
(また今日も声かすれるやつだ)
部屋の湿度計を見たら、二十八パーセント。窓の内側は結露一つない。カラカラだった。
加湿器を買う金はない。というか、当時は本当になかった。財布に三千円しか入ってなかった月。
それで、風呂場から乾いたバスタオルを持ってきて、洗面所で濡らして、部屋のドアノブに掛けた。あれが始まり。
シェアハウス住まいで三年。冬になると住人の何人かが同じことをやっている。
やり方には差があって、効いている人と、ほぼ意味のないことをしている人がはっきり分かれていた。
効く。ただし条件がある
先に言い切る。濡れタオルは加湿する。数字も動く。
六畳の部屋で、フェイスタオル二枚を正しく吊るして、湿度が二十八から四十二まで上がった。実測。
条件は三つ。枚数、干し方、置き場所。どれか一つでも外すと、ただ湿った布が部屋にあるだけになる。
一枚では足りない
最初にやった失敗がこれ。
バスタオル一枚を、ドアノブに二つ折りで掛けた。翌朝の湿度、三十一パーセント。三しか上がってない。はぁ…。
面積が足りていなかった。水は表面から蒸発する。折り重なった内側の水分は、朝までそこにとどまったまま。
やり方を変えたら、数字がまるで違う動き方をした。
枚数と面積の話
広げて吊るす。畳んで掛けない
掛けるのではなく、干す。ここが分かれ目。
洗濯用のハンガーに、タオルの端をクリップで留めて、全面を空気にさらす。
二つ折りで掛けたときと、広げて吊るしたときで、朝までに乾く量が倍近く違った。乾いた量イコール部屋に出た水分。
折り目を作らない。重ならないように間隔を空ける。この二つを守るだけで、体感が変わる。
六畳ならフェイスタオル二枚から
うちで試した目安を置いておく。
六畳の部屋で、フェイスタオル二枚を広げて吊るす。これで二十八から四十二あたりまで。
バスタオル一枚を全面広げても、同じくらいの面積になる。ただしバスタオルは水を含むと重くて、ハンガーがしなる。二枚に分けたほうが扱いやすい。
八畳を超える部屋なら三枚。天井の高い部屋は空気の量が多いので、さらに一枚足す。
枚数を増やしすぎると、朝に生乾きが残る。残ると匂う。後で書く。
絞り方で、持続時間が決まる
きつく絞ると、明け方には乾いていて、いちばん乾燥する時間帯に水分が残っていない。
軽く絞る。水が滴らない程度で止める。下に新聞紙かバスマットを敷いておけば、多少落ちても平気。
うちの住人のミオは、絞らずに掛けて床を水浸しにしたことがある。翌朝、廊下まで水が流れていて、朝から住人三人で拭いた。あれは笑えなかった。
置き場所で、結果が三倍変わる
空気が動く場所に置く
蒸発は、乾いた空気が布に触れることで進む。
空気が止まっている部屋の隅に吊るしても、タオルの周りだけ湿った層ができて、そこで止まる。
エアコンの風が当たる場所。あるいは、扇風機かサーキュレーターを弱で当てる。
うちで一番効いたのは、暖房の吹き出し口の斜め下、風の通り道に一枚。空気が動いているだけで、乾く速度が明らかに上がった。
頭の高さより上に
湿った空気は、暖まると上に行く。冷えると下に降りる。
床に近い位置に干すと、水分が足元にとどまって、呼吸する高さまで届かない。
カーテンレール、ドアの上枠、鴨居。目線より上に吊るす。
ベッドで寝るなら、枕の高さより上を意識する。顔の近くに湿った空気の層を作りたいので。
ベッドの真上は避ける
効かせたい気持ちはわかるけど、真上は駄目。
落ちてきたときに悲惨だし、寝具が湿気を吸う。布団が湿ると、朝の冷えで冷たくなる。
枕元から五十センチほど横。この距離が、うちで落ち着いた位置。
数字で見た、加湿器との差
上がる速度が、まるで違う
正直に書く。加湿器のほうが強い。
超音波式の加湿器を借りて同じ部屋で試したとき、三十分で四十五パーセントまで上がった。タオルは三時間かけて四十二。
即効性を求めるなら、機械には勝てない。
かわりに、タオルは止まらない。電源も水タンクの補充もない。夜に吊るして寝れば、朝まで一定の速度で出し続ける。
上限は四十パーセント台
どれだけ枚数を増やしても、六十パーセントには届かなかった。
外気の乾燥と部屋の気密性で天井が決まる。木造の古い建物だと、湿った空気が壁のすき間から抜けていく。
喉の痛みを抑える目安として四十から五十があれば足りるので、この上限は実用上ほとんど問題にならない。
逆に言えば、加湿しすぎる心配がない。ここは機械にない安心。
電気代ゼロ。ただし洗濯は増える
費用の話。加湿器の電気代は月に数百円から千円ほど。タオルはゼロ。
そのかわり、毎日か二日に一度、タオルを洗う。洗濯機を回す頻度が上がる。
共同生活だと、乾燥機の順番待ちが発生する。冬場のうちのランドリーは、夜十時に行列ができていた。
完全に無料ではない、という現実。
匂いとカビ、避けられない副作用
生乾きの匂いは、菌が増えた証拠
二日続けて同じタオルを使うと、三日目に匂いが出る。あの雑巾みたいなやつ。
濡れた布を室温で長時間放置すれば、菌は増える。増えた菌が出す物質が、あの匂いの正体。
朝になったら必ず外して、洗濯かごへ。掛けっぱなしにしない。
匂いが出てしまったら、五十度以上の湯に十分ほど浸けてから洗う。これでかなり戻る。
うちのタケルは一週間同じタオルを吊るし続けて、部屋に入った瞬間にわかるレベルになっていた。本人だけ気づいていなかった。
窓際に干すと、結露がカビを呼ぶ
窓のそばは、外気で冷えている。
そこに湿った空気を送ると、ガラスとサッシに水滴が付く。放っておくとゴムのパッキンが黒くなる。
窓から離す。最低でも一メートル。
朝、窓に水滴が付いていたら、その日は枚数を一枚減らす。乾燥度合いに合わせて調整する。
畳と木の床は、直下を空ける
滴が落ちる位置に、畳や無垢の床板があると染みになる。
新聞紙を三枚重ねて敷く。あるいは風呂用のマット。
うちは百円ショップのプラスチックのトレーを下に置いている。これが一番後片付けが楽だった。
三年やって残ったやり方
タオルと部屋干しを兼ねる
いちばん合理的だった形はこれ。
洗濯物の部屋干しを、加湿として使う。
夜に洗濯機を回して、脱水したものを部屋に干す。翌朝には乾いていて、湿度も上がっている。一つの作業で二つ済む。
シャツやタオルは面積が大きいので、加湿量も多い。うちの住人でこれをやっている人は、専用のタオルを別に用意していない。
それでも足りない日は、湯を足す
外がとくに乾いている日。タオルだけでは三十五パーセントで止まる。
そういうときは、マグカップに熱い湯を注いで机に置く。表面から湯気が上がる。局所的だが、机に向かっている時間帯の喉は守れる。
洗面器に湯を張って部屋に置く手もある。ただし倒す危険があるので、床には置かない。
湿度計を一つ、買っておく
これが三年でいちばん効いた投資。千円もしない。
体感はあてにならない。喉が痛い日でも四十パーセントあったり、平気な日に三十を切っていたり。
数字を見れば、枚数を増やすか減らすかが一秒で決まる。手探りが終わる。
今朝、廊下を歩いていたら、リョウの部屋のドアが少し開いていた。
中を覗くと、カーテンレールに白いタオルが二枚、間隔を空けて吊るされている。下にはプラスチックのトレー。
昨日教えたやり方が、そのまま形になっていた。
「どう、喉」
「昨日より、痛くないっす」
まだ声はかすれていたけれど、彼は湿度計を指さして笑った。針は三十九を指していた。

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