ある朝、蓋を開けたら米が層になっていた
七時十五分。予約炊飯が終わったはずの炊飯器を開けた。
上半分は白くて、下半分が黄色い。しゃもじを入れると、底のほうがねちゃっと重い。
一口食べて、飲み込むのに水が要った。芯は残っていないのに、なぜか喉を通らない。
これ、昨日も同じだったよな
シェアハウスのキッチンで、住人のユイが炊飯器を覗き込んで顔をしかめていた。彼女も同じことを感じていたらしい。
六人で一台を回す共用の炊飯器。一日に二回炊く日もある。普通の家庭の三倍近い使い方をしてきた。
その分、壊れ方の観察数だけは溜まった。三年で二台を看取っている。
寿命は年数より、炊いた回数で決まる
よく言われる目安は六年から十年。メーカーの部品保有期間が六年なので、そこを一つの区切りにしている説明が多い。
ただ、実際に効いてくるのは総炊飯回数のほう。
一人暮らしで週に二回炊く人と、うちみたいに毎日二回炊く家では、同じ三年でも中身がまるで違う。うちの一台目は三年二か月で死んだ。回数に直すと、一般家庭の八年ぶんくらいに相当する。
年数で判断すると、早すぎる故障に納得できないまま買い替えることになる。
壊れる場所は、だいたい決まっている
内釜のコーティング、蓋のパッキン、温度センサー。この三つ。
順番に劣化して、最後に炊きムラという形で表に出る。
どこが原因かで、直せるものと直せないものが分かれる。ここを見分けられると、買わなくていい出費を回避できる。
内釜が先に死ぬ
剥がれたコーティングは、戻らない
内釜の内側に、フッ素の膜が貼ってある。これが剥がれると、米が張り付くようになる。
最初は底の中心に、直径一センチほどの銀色の点が出る。金属が見えている状態。
そこから同心円状に広がって、半年ほどで底全体が銀色になった。
洗うときに指でなぞると、境目がざらつく。あの引っかかる感触が出たら、進行が始まっている。
剥がれる原因は、洗い方にある
共同生活だと、洗い方が人によってばらばら。ここが一番効いた。
金属のたわしでこすった住人がいた。硬いスポンジの裏面を使う人もいた。
内釜に米を入れたまま研いだのも大きい。米粒同士がこすれて、研磨剤みたいに働く。
今はボウルで研いでから釜に移す決まりにしている。二台目は二年経ってもコーティングが生きている。
しゃもじも金属を禁止した。樹脂製か、木のものだけ。
内釜だけ買い替えられる
知らない人が多いけど、内釜は部品として単品購入できる。
メーカーの部品窓口に型番を伝えて注文する。値段は五千円から一万五千円ほど。機種によっては本体の半額近くになる。
本体の基板やセンサーが元気で、内釜だけが傷んでいるなら、これが一番安い。
うちの二台目は内釜を一度交換した。八千円。炊き上がりが新品の頃に戻って、住人全員が黙って二杯目をよそっていた。
蓋まわりの部品が、静かに効いてくる
パッキンが硬くなると、圧が抜ける
蓋の内側についているゴムのリング。ここが劣化すると、炊飯中の蒸気が横から漏れる。
症状は分かりやすい。炊いている最中に、蓋の縁からしゅうしゅうと音がして、その周辺だけ水滴が付く。
新品のパッキンは、指で押すとむにっと沈んで戻る。硬くなったものは、押しても弾力がない。爪を立てると、ぱきっと細かいひびが入ることもある。
交換部品は千円から二千円。工具なしで外せる機種が多い。取扱説明書に交換手順が載っている。
蒸気口のパーツを、外して洗っているか
蓋の上に出っ張っている蒸気の出口。あれは分解できる。
外したことがない人、たぶん結構いる。うちも一年半、誰も外していなかった。
初めて開けたとき、内側に白い澱みたいなものがびっしり付いていて、思わず息を止めた。米のでんぷんが煮詰まって固まったもの。
これが詰まると、内部の圧力が正常に抜けない。炊き上がりが水っぽくなる。
週に一度、分解して洗う。ぬるま湯に十分浸けると、こそげ落とせる。
蓋の裏の金属板も、外れる
蓋の内側にある、丸い金属のプレート。これも取り外せる機種が多い。
裏側に米粒と水滴が溜まっていて、放っておくと匂いの元になる。
炊いたご飯が、なんとなく古い匂いがすると感じたら、ここを疑う。洗剤で洗って、完全に乾かしてから戻す。
これが出たら、もう買い替え
同じ手順で炊いて、毎回結果が違う
決定的なサインはこれ。
同じ米、同じ水加減、同じモードで炊いて、ある日はちょうどよく、次の日は柔らかすぎる。
温度センサーが正確に測れなくなっている状態。内部の温度制御が狂うと、水加減で補正しても追いつかない。
うちの一台目がこれだった。住人が水を減らしたり増やしたりして三週間格闘したが、最後まで安定しなかった。
センサーの交換は基板ごとになる場合が多くて、修理費が本体価格に近づく。ここが引き際。
保温したご飯が、半日で黄色くなる
新品のときは、保温十二時間でも白さが保たれていた。
それが六時間で黄ばみ、匂いが出るようになったら、保温の温度制御が落ちている。
黄変は温度が高すぎるときに進む。制御が甘くなって、必要以上に加熱し続けている。
電気代の面でも損をしている状態。
炊飯中の音が、明らかに変わった
これは感覚的だけど、住人全員が気づいた変化。
以前はことこと静かだったのが、後半にごぼごぼと大きな音を立てるようになった。
沸騰の制御がうまくいっていないときの音。加熱が強すぎるか、圧力の逃がし方が変わっている。
音が変わってから二か月後に、その炊飯器は電源が入らなくなった。
買い替えるときの判断
修理費が本体価格の半分を超えたら、買う
これはうちの共通の線引き。
メーカーに問い合わせて見積もりを取る。出張費と部品代と技術料を合わせた総額で判断する。
製造から六年を超えていると、そもそも部品がなくて修理を断られることがある。その場合は迷う余地がない。
保証書が残っていれば、まず期間内かどうかを確認する。共同生活だと、購入時の書類がどこに行ったか分からなくなりがちなので、うちは今、共用の書類ケースにまとめている。
人数より少し大きめを選ぶと、寿命が延びる
これは二台買って気づいたこと。
釜の容量ぎりぎりまで米を入れて炊くと、負荷が大きい。毎回全力運転している状態。
うちは六人で五合炊きを使っていて、常に満杯だった。一台目が三年で死んだ理由の一つはこれだと思う。
二台目は一升炊きにした。同じ量を炊いても余裕がある。二年経った今も、炊き上がりが落ちていない。
一人暮らしなら三合炊きで足りるところを、五合炊きにする。少し高くなるが、長く使える。
捨てる前に、内釜だけ残す手もある
本体が壊れて買い替えるとき、同じメーカーの同系統の機種なら、内釜の形状が共通していることがある。
うちは一台目の本体が死んだとき、まだきれいだった内釜を予備として取っておいた。結果的に使えなかったが、確認する価値はある。
自治体の粗大ごみか、家電量販店の引き取りへ。中の水分を抜いて、電源コードをまとめてから出す。
先月、新しい炊飯器が届いた日。
段ボールを開けて、内釜を取り出したユイが、底を指でなぞった。
つるつるとした感触。傷一つない。
「これ、金たわし禁止ね」
彼女はそう言って、油性ペンでキッチンの壁にメモを貼った。
その夜炊いた米は、一粒ずつ立っていて、湯気が顔に当たると甘い匂いがした。誰も余計なことを言わずに、黙って茶碗を空にした。

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