四万円の判断を、二週間迷った
六畳の自室に置く画面を買う。それだけの話が、驚くほど決まらなかった。
家電量販店の売り場で、四十三インチのテレビと三十二インチのモニターを交互に眺める。価格差は八千円。
店員が寄ってくる気配を感じて、逃げるように通路を曲がった。
何を基準に選べばいいのか、わかってないだけなんだよな
その日は何も買わずに帰った。帰り道、コンビニのアイスを食べながら、まだ考えていた。
シェアハウスに住んで三年。共用リビングには五十五インチのテレビがあって、自室にはモニターを置いている。両方を毎日使う環境が、たまたま手に入った。
迷いの正体は、用途が混ざっていること
どっちがいいですか、という問いには答えが出ない。
何を、どこから、どのくらいの距離で見るのか。ここが決まれば、選択肢は自動的に一つに絞られる。
うちの住人六人を見渡すと、部屋の使い方で見事に分かれていた。分かれ方に法則がある。
結論の分岐点は、視聴距離
先に言い切っておく。画面から目までの距離が一メートル以内ならモニター。二メートル以上離れるならテレビ。
この一本で、迷いの八割は消える。
理由は後半で書く。まず、二つの中身の違いから。
同じ液晶なのに、まるで別の道具
テレビは、遠くから見て気持ちよくなるよう作られている
テレビの映像は、そのまま映しているわけではない。
色を鮮やかに持ち上げ、輪郭を強調し、暗い部分を明るく補正する。数メートル離れたソファから見たときに、いちばん見栄えがするよう調整されている。
この処理には時間がかかる。信号が入ってから画面に出るまで、わずかに遅れる。映画やドラマなら気にならない。
うちのリビングのテレビでゲームをしたとき、ボタンを押してからキャラが動くまでの間に、はっきりとした違和感があった。格闘ゲームは無理。
モニターは、近くで長時間見ても疲れないよう作られている
モニターは余計な処理をしない。入ってきた信号をできるだけ素早く、そのまま出す。
文字の輪郭がくっきりする。表計算のセルの罫線が、一本ずつ分かれて見える。
テレビで作業をしたことがある人ならわかると思うけど、文字がぼやっとにじむ感覚がある。あれは処理の副作用。
かわりに、映像そのものの派手さはない。映画を見ると、テレビより地味に映る。
音は、テレビの圧勝
ここは議論の余地がない。
モニターの内蔵スピーカーは、あってもおまけ。薄い音がぺらぺら鳴るだけ。
テレビは筐体に余裕があるぶん、低音が出る。
モニターを買うなら、外付けのスピーカーかヘッドホンを前提に予算を組む。三千円のスピーカーを足すだけで、体感がまるで変わった。
部屋のサイズが、選択肢を切り捨てる
六畳で四十三インチは、近すぎる
うちの住人のカイトが、六畳の部屋に四十三インチのテレビを入れた。
一か月後、彼は言った。首が疲れる、と。
ベッドから画面までが一メートル半。その距離で四十三インチを見ると、視線を左右に振らないと画面全体が入らない。映画館の最前列に座り続けているようなもの。
半年後、彼はそれをリビングに寄付して、二十七インチのモニターに買い替えた。
机に置くなら二十七インチ、壁に掛けるなら四十三インチ
数字の目安を置いておく。
机の上、目から六十センチから八十センチ。この距離なら二十四から二十七インチ。三十二インチを超えると、視線の移動量が増えて肩に来る。
ベッドや床から二メートル以上離して見る。壁掛けか、低い台の上。この配置なら四十三インチ以上が生きる。
中途半端に一メートル半の距離で三十二インチというのが、いちばん帯に短し襷に長しになる。
置き場所の奥行きを、先に測る
売り場の広い空間で見ると、どれも小さく見える。
うちの住人が買ってきた画面が、机の奥行きに収まらなかったことがある。スタンドの脚が前にせり出す設計で、キーボードの置き場が消えた。
本体の幅だけでなく、スタンドの奥行きを確認する。
モニターアームを使う前提なら、机の天板の厚みと、背面のすき間も測っておく。壁にぴったり寄せた机だと、アームのクランプが挟めない。
やりたいことで、ほぼ決まる
ゲームをするなら、モニターしかない
遅延の話に戻る。
テレビにもゲームモードがついていて、処理を減らして遅延を短くできる。ただ、専用に作られたモニターには届かない。
一秒間に何コマ表示できるか、という値も違う。テレビの多くが六十コマ、ゲーミングモニターは百二十コマ以上。
動きの速いゲームで、この差ははっきり体感できる。うちの住人が自室のモニターに移してから、対戦の勝率が上がったと騒いでいた。本当かどうかは知らない(笑)
作業と勉強なら、モニターの縦の広さを取る
資料を読む、文章を書く、表計算をいじる。
このとき効いてくるのは、画面の縦方向にどれだけ情報が入るか。
横長の比率より、少し縦に余裕のある比率のモニターのほうが、書類仕事は楽になる。スクロールの回数が減る。
縦向きに回転できるモニターもある。長い文章を読むとき、これがかなり効く。うちのユイは論文を読むときだけ縦にしている。
寝転がって映画を見るなら、テレビ
ベッドに寝転がって、天井近くの画面を見上げる使い方。
モニターは正面から見る前提で作られているので、斜めや下から見ると色が変わる。白が青っぽくなったり、黒が浮いたりする。
テレビは広い角度から見ても色が保たれるパネルを使っていることが多い。家族やルームメイトと横並びで見る場面を想定しているから。
共用リビングで四人が扇形に座っても、端の席で色が崩れない。これはテレビの設計思想がそのまま出ている部分。
テレビを選ぶなら押さえること
チューナーが必要かどうかを、先に考える
地上波を見ないなら、チューナーのないタイプという選択肢がある。値段が下がる。
うちのリビングのテレビは、三年で地上波を映した回数が数えるほどしかない。ほぼ動画配信を映すだけの箱になっている。
チューナーがあると、契約の話がついて回る。共同生活だと、誰が払うのかで空気が重くなる場面もあった。
最初から映せない機種を選べば、その話題自体が発生しない。
入力端子の数を、数える
ゲーム機、動画配信の端末、パソコン。つなぎたい機器が三つあれば、端子が三つ要る。
毎回ケーブルを差し替える生活は、思っている以上にストレスが溜まる。机の裏に手を突っ込んで、手探りでコネクタを探す時間。あれ、無駄でしょ。
足りなければ切替器を買うことになるが、二千円を惜しんで端子の多い本体を選んだほうが早い。
結局どちらを買ったか
自室は二十七インチのモニター、リビングはテレビ
自分の部屋には、机の上に二十七インチのモニターを置いた。四万円弱。
一日六時間ほど文字を見る生活で、目の疲れ方が以前と明らかに違う。夕方になっても、こめかみが重くならない。
夜、映画を見たくなったらリビングへ降りる。五十五インチのテレビで、住人の誰かと並んで見る。
二台を使い分けるのは贅沢に聞こえるかもしれないけど、共同生活だとリビングの一台は共有財産だから、実質は一台ぶんの出費。
一台しか置けないなら、机か床かで決める
一人暮らしで一台だけ選ぶなら、判断は単純。
机に向かって座っている時間が長いならモニター。
床やベッドでくつろぐ時間が長いならテレビ。
自分がその部屋でどんな姿勢でいる時間が長いか、思い出せばいい。
先週、隣室のカイトが引っ越しの荷造りをしていた。
段ボールに緩衝材を詰めながら、二十七インチのモニターを慎重に寝かせている。
「最初からこっち買っとけばよかった」
そう言って、彼はテープを引っ張った。びりびりという音が、廊下まで響いた。
リビングには、彼が寄付していった四十三インチが、まだ壁際で光っている。

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