剥がした瞬間、壁紙が一緒に来た
退去の三日前。
一年半貼りっぱなしにしていたケーブルクリップに、爪を差し込んで引いた。
ぴりっという音。
手の中に残ったクリップの裏に、白い壁紙が四角く貼り付いていた。壁を見ると、そこだけ下地が露出して、灰色の板が覗いている。
え、これ全部で十二個あるんだけど
残りを剥がす手が止まった。額に汗が滲んで、指先だけが妙に冷たい。
結果として、その部屋は壁紙の部分張り替えで一万八千円を請求された。
それ以来、固定の方法を根本から変えた。シェアハウスに移ってから六回、部屋をまたぐ配線をやって、剥がすときに壁紙を持っていかれたことは一度もない。
粘着そのものが悪いわけではない
両面テープが壁紙を剥がす、というのは半分だけ正しい。
問題は、壁紙の表面と粘着剤が直接くっついていること。
あいだに一枚挟めば、壁紙は無事に残る。この単純な発想が、対策の中心になる。
壁紙の種類で、危険度が違う
ビニール製の壁紙は、表面が丈夫で剥がれにくい。
紙製や、布のような質感のものは弱い。粘着剤が繊維に入り込む。
自分の部屋の壁紙を、指の腹で撫でて確かめる。つるっとしていればビニール系。ざらつきがあるなら、慎重にいく。
うちのシェアハウスは全部屋ビニール製だった。前に住んでいた物件は、紙に近いものだった。あの一万八千円は、素材の違いを知らなかった代償。
下に一枚挟む、という基本
マスキングテープを土台にする
これが答え。
まず壁にマスキングテープを貼る。その上に、ケーブルクリップの両面テープを貼る。
剥がすときは、マスキングテープごと外す。粘着剤が壁紙に触れていないので、跡が残らない。
使うのは、幅二十四ミリ以上のもの。細いとクリップがはみ出して、壁紙に直接触れる。
うちは幅三十ミリのものを使っている。クリップより一回り大きく貼るのがコツ。
養生用のテープでも代用できる
塗装や引っ越しに使う、緑や青の薄いテープ。
粘着力が弱く設計されていて、剥がしやすい。
見た目が目立つので、目線より上に貼るなら気にならない。
うちは廊下の高い位置に、これを使っている。三年貼りっぱなしだけれど、剥がしたときに問題は出ていない。
長期間貼ると、マスキングテープも硬くなる
これは実測した話。
一年を超えると、テープの粘着剤が変質して、剥がしにくくなる。
うちは半年ごとに貼り直している。剥がして、新しいテープを貼って、クリップを付け直す。作業は三十分ほど。
面倒に思えるが、退去時に慌てるより安い。
剥がすとき、ドライヤーの温風を十秒ほど当てると、粘着が緩んで素直に外れる。
粘着を使わない固定方法
ピンで留めるタイプ
細い針が三本ほど付いたケーブル固定具。壁に押し込んで留める。
針の直径が非常に細いので、開く穴も小さい。画鋲より目立たない。
石膏ボードの壁なら、指の力で押し込める。
退去時、穴が残る。ただ、この程度の穴を原状回復の対象とするかは、貸主の判断による。
うちの管理会社は、画鋲程度の穴は許容範囲としていた。契約書に記載があることが多いので、事前に確認する。
巾木の上に、そっと載せる
壁と床の境目に付いている、細い横板。
この上端に、わずかな段差がある。フラットタイプのケーブルなら、ここに載せて保持できることがある。
固定具を一切使わない。壁に何も触れない。
うちの部屋は、この方法で三メートルほど配線している。押し込むだけで落ちてこない。
掃除機をかけるとき、たまに外れる。その程度の欠点。
ドア枠と壁の隙間
ドアの枠と壁紙のあいだに、細い溝がある。
薄いケーブルなら、ここに押し込める。
うちの廊下は、この溝でドアの上を越えている。固定具ゼロ。
押し込むとき、マイナスドライバーの先で押すと入りやすい。強く押すと壁紙が裂けるので、力は最小限。
クリップの選び方と貼り方
小さいものを、多く使う
大きなクリップを少数使うより、小さいものを多く使うほうが安全。
一つあたりの粘着面積が小さいと、剥がすときの負担が分散する。
間隔は三十センチごと。それより広いと、ケーブルが垂れてクリップに引っ張る力がかかる。
うちは一メートルあたり三個を目安にしている。
貼る前に、壁を拭く
ほこりや油分があると、粘着が効かない。
効かないと、途中で落ちる。落ちたクリップを貼り直すと、粘着力が落ちているので、また落ちる。
乾いた布で拭いてから貼る。水拭きした場合は、完全に乾かす。
うちは一度、湿ったまま貼って、翌日に三個まとめて落ちていた。
貼った直後は、触らない
両面テープは、貼ってから粘着力が上がるまでに時間がかかる。
貼った直後にケーブルを通して、引っ張ると外れる。
クリップだけ先に全部貼って、一時間置いてから、ケーブルを通す。
この順番にしてから、落ちる頻度が激減した。
剥がすときの手順
温める
ドライヤーの温風を、クリップの上から二十秒ほど当てる。
粘着剤が柔らかくなって、抵抗が減る。
熱くなりすぎると壁紙が変形するので、手を近づけて温度を確認しながら当てる。
うちは中温で、少し離した位置から当てている。
剥がす方向は、壁と平行に
手前に引っ張ると、壁紙が持ち上がる。
壁に沿って、横にずらすように力をかける。
糸を差し込んで、テープの下を切っていく方法もある。うちはデンタルフロスを使ったことがある。うまく切れた。
時間をかける。焦って引くと、その一回で壁紙が裂ける。
糊が残ったら
壁紙の上に、薄く粘着剤が残ることがある。
消しゴムでこすると、丸まって取れる。強くやると壁紙が毛羽立つので、軽く。
それでも取れないなら、シール剥がしの溶剤を使う。ただし壁紙の色が抜けることがあるので、目立たない場所で試す。
うちは消しゴムで八割取れた。残りは目を凝らさないと分からない程度だった。
退去のときに備える
貼る前と、剥がしたあとを撮る
写真を残す。
配線する前の壁の状態と、撤去したあとの状態。
何も傷つけていないことを示す記録になる。
うちは配線を始める日に、壁全体を撮っている。退去時、その写真を見せて、指摘なしで終わった。
クリップの位置を、記録する
どこに何個貼ったか、三年経つと自分でも忘れる。
剥がし忘れがあると、そこだけ残ってしまう。
うちは配線図を紙に描いて、共用の書類ケースに入れてある。
スマホで撮った写真でも足りる。全体が写るように、部屋の四隅から撮る。
壁紙が剥がれたら、隠さない
やってしまった場合の話。
剥がれた部分に、上から何かを貼って隠すのは避ける。退去時の点検で見つかると、印象が悪くなる。
正直に伝えて、補修の相談をする。部分的な張り替えで済むことが多い。
うちの住人が黙っていて、退去時に発覚した例がある。隠していたことが問題になって、話がこじれた。
先月、リョウが自室の壁にケーブルを這わせていた。
先にマスキングテープを一列、目線の高さに貼る。三十センチおきに印をつけて、その上にクリップを置いていく。
一時間放置してから、フラットケーブルを通した。
「これ、剥がすときも楽なんですよね」
テープの端が、壁から一ミリだけ浮いている。指でつまめるように、わざと折り返してあった。

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