引っ越しの日、床に四つの穴が残っていた
退去の立ち会い。
冷蔵庫を運び出したあと、担当者と一緒に床を覗き込んだ。
四か所、それぞれ直径三センチほどの窪み。指を当てると、はっきり沈んでいるのが分かる。
クッションフロアの表面が伸びて、白っぽく変色していた。
三年で、こんなになるのか
担当者は何も言わなかったが、書類に何か書き込んでいた。
請求は、床材の部分張り替えで一万四千円。マットを敷いていれば、たぶん出なかった費用。
シェアハウスに移ってから、冷蔵庫を二回入れ替えた。二回とも、設置前にマットを敷いている。
敷かなかった三年と、敷いた三年。両方を見た上で書く。
必要かどうかは、床の材質で決まる
結論を先に置く。
クッションフロア、畳、フローリング。この三つなら、敷いたほうがいい。
タイル、コンクリート、石材なら、必要性は低い。
うちの前の部屋は、キッチンがクッションフロアだった。最も凹みやすい素材。
役割は、三つある
床の保護、振動の吸収、そして水漏れへの備え。
このうち、退去時の費用に直結するのが一つ目。
残り二つは、生活の質に関わる。
床が、どう傷むか
重量が、四点に集中する
冷蔵庫の重さは、容量にもよるが四十キロから八十キロほど。
これが、四本の脚だけで支えられている。
一点あたり十キロから二十キロ。接地面積は数平方センチ。
床にかかる圧力は、想像よりずっと大きい。うちの床が凹んだのは、必然だった。
時間をかけて、沈んでいく
一日で凹むわけではない。
半年、一年と経つうちに、じわじわ沈む。
気づくのは、冷蔵庫を動かしたとき。掃除で動かす機会がないと、退去まで気づかない。
うちの前の部屋は、三年間一度も動かさなかった。だから最後に発覚した。
クッションフロアが、最も弱い
塩化ビニル製の床材。表面が柔らかく、弾力がある。
その弾力が、長期間の荷重で戻らなくなる。
畳も同様に沈む。うちの住人が自室の畳に小型の冷蔵庫を置いて、二年で明確な窪みができた。
フローリングは硬いが、傷が入る。設置時にずらしたときの線状の傷が、そのまま残る。
振動と音の問題
コンプレッサーの振動が、床に伝わる
冷蔵庫は、一定の間隔で圧縮機が動く。
そのときの微細な振動が、脚を通して床に流れる。
うちのシェアハウスは木造で、一階の冷蔵庫の音が二階の部屋に伝わっていた。低い唸りが、床から上がってくる。
マットを敷いてから、この音が明らかに減った。ゴム系の素材が、振動を吸収する。
音が気になる時期がある
古い冷蔵庫ほど、振動が大きくなる。
部品の劣化で、動作音が変わる。
うちの一台目は、五年目から夜中の運転音が目立つようになった。
マットで完全には消えないが、床を伝わる分は減る。
水平が取れていないと、振動が増える
四本の脚のうち一本が浮いていると、動作のたびに揺れる。
マットを敷く前に、水平を確認する。
うちは設置時に、スマホの水平器のアプリで見た。前脚を回して調整する。
名刺を脚の下に差し込んでみて、すっと入るなら浮いている。
水漏れへの備え
製氷機能がある機種は、要注意
自動で氷を作る機種は、内部に水のタンクと配管がある。
ここが詰まったり漏れたりすると、床に水が落ちる。
うちの共用冷蔵庫で、一度これが起きた。冷蔵庫の下から、じわりと水が広がっていた。
マットが受け止めてくれたので、床材までは達しなかった。
ドレンパンから、溢れることがある
冷蔵庫の背面下部に、水を受ける皿がある。
霜取りのときに出た水が、ここに溜まって蒸発する仕組み。
これが詰まると、溢れる。
うちは、この受け皿の存在を三年知らなかった。掃除のとき初めて見て、中に黒い水が溜まっていた。
周囲に、水がこぼれる場面
飲み物を出そうとして、こぼす。庫内の物を落とす。
キッチンは、水が跳ねる場所でもある。
マットがあると、冷蔵庫の下に水が入り込まない。拭き取りも簡単になる。
マットの選び方
大きさは、本体より一回り大きく
本体の底面と同じ大きさだと、脚が縁に乗る危険がある。
前後左右に五センチずつ余裕を持たせる。
うちは、幅六十五センチの冷蔵庫に、七十五センチ四方のマットを使っている。
大きすぎると、はみ出した部分に埃が溜まって、掃除の手間が増える。
厚みは、二ミリから三ミリ
薄すぎると、荷重が床に伝わる。
厚すぎると、冷蔵庫の位置が上がって、扉の開閉や上部の隙間に影響する。
うちが使っているのは、厚さ二ミリのもの。透明な樹脂製。
畳の上に置くなら、もう少し厚みのあるものを選ぶ。硬い板を挟む方法もある。
素材の違い
透明な樹脂のものは、床の色を隠さない。見た目が自然。
ゴム系のものは、振動の吸収に優れる。ただ、色が濃くて存在感が出る。
うちは共用キッチンに透明のもの、自室にゴム系のものを使っている。
発泡素材のものは、荷重で潰れる。長期間の使用には向かなかった。
敷かないとどうなるか
退去時の費用
うちの請求は一万四千円だった。
床材の張り替えは、部分的でも面積分の費用がかかる。柄を合わせる必要があるので、広めに張り替えることもある。
マットは、二千円から四千円ほど。
費用の比較で言えば、答えは明白だった。
凹みは、通常損耗と認められるか
判断が分かれる部分。
家具の設置による床の凹みは、通常の使用による損耗と見なされる場合がある。その場合、費用を負担する必要はない。
ただ、程度によっては請求される。うちの場合は、変色を伴っていたことが判断に影響したらしい。
争うより、二千円のマットを敷くほうが早い。
設置後には、敷けない
これが最大の理由。
冷蔵庫を設置してから、あとでマットを入れることは実質的に不可能。
本体を持ち上げる必要がある。一人では動かせない重さ。
うちは二人がかりで、片側を浮かせてマットを差し込んだことがある。腰に来た。あの作業を二度とやりたくない。
設置の当日に、業者が来る前に敷いておく。
敷くときの注意
床を掃除してから
マットの下に埃や砂粒が入ると、その部分が床に食い込む。
かえって傷を作ることになる。
うちは、掃除機をかけてから、水拭きして、乾かしてから敷いた。
位置を、正確に決める
マットの上に冷蔵庫を置いてしまうと、位置の微調整ができない。
壁からの距離を先に決めておく。背面と側面に、放熱のための隙間が必要になる。
うちは背面十センチ、側面五センチを確保した。機種によって必要な距離が違うので、説明書を確認する。
キャスターがある機種
車輪が付いている冷蔵庫は、マットの上で動きやすくなる。
うちは、キャスターの位置に滑り止めのシートを重ねた。
地震のとき、冷蔵庫が動くと危ない。転倒防止のベルトと併用する。
畳の上に置く場合
板を、一枚挟む
畳は柔らかく、マットだけでは荷重を分散できない。
厚さ一センチほどのベニヤ板を敷いて、その上にマットを重ねる。
うちの住人がこの方法で、二年経っても畳の凹みが最小限に収まっている。
板は、ホームセンターで切ってもらえる。数百円。
湿気が、こもる
畳は湿気を吸う素材。
その上を完全に覆うと、乾かなくなる。カビが出る。
うちの住人が、半年後に板をどかしたら、畳が黒く変色していた。
数か月に一度、動かして乾かす。あるいは、通気性のある素材を間に挟む。
そもそも、畳に置かない
可能なら、これが一番いい。
台所や板張りの部分に置く。
どうしても畳の上しかないなら、板とマットの併用と、定期的な乾燥を前提にする。
先週、共用キッチンで冷蔵庫の下を覗いた。
透明なマットの縁が、床から一ミリほど浮いて見える。その下の床は、三年前と同じ色をしていた。
リョウが屈んで、指でマットの端をなぞった。
「これ、あるとないとで違うんですか」
一万四千円ぶん違う。
彼は少し笑って、冷蔵庫の扉を開けた。

コメント