誰もいない家で、煙が上がった
住人の一人が、亡くなった祖母の家を片付けることになりました。二年間、誰も住んでいない木造の平屋。
玄関の鍵を回した瞬間、閉じた空気がむわっと押し寄せてくる。畳の上に黒い粒が点々と落ちていて、台所の隅では何かがサッと壁の隙間へ消えた。
(無理だ、掃除する前にこれを何とかしないと)
近所のドラッグストアで燻煙剤を三つ買い、その日のうちに焚きました。
一時間後、隣の家の人が血相を変えて飛び込んできた。窓から白い煙が出ているのを見て、火事だと思ったそうです。
空き家でこれをやるなら、手順が普通の部屋とまったく違います。順に潰していきます。
焚く前に、二か所へ連絡する
これを飛ばすと、消防車のサイレンを聞くことになります。
両隣と向かいの家に、前日までに声をかける
人が住んでいない家から煙が出るという光景は、通報されて当然です。留守宅から白煙、これ以上の通報材料はない。
うちの住人が二度目にやったときは、前日に近隣三軒を回りました。明日の午後、虫の駆除で煙が出る薬を使いますと伝えるだけ。玄関先で三十秒。
それだけで、当日は誰も驚かなかった。逆に、換気のときに窓を開けていたら、隣の方が声をかけてくれたそうです。
管理会社や消防に、あらかじめ伝える
集合住宅の空室なら、管理会社へ一報。自動火災報知設備が繋がっている建物だと、警備会社に信号が飛びます。
戸建てでも、地域によっては消防署に事前連絡すると通報時の対応が変わることがある。電話一本で済むので、不安なら聞いておく。
火災報知器を、確実に黙らせる
煙式か熱式かで、扱いが変わる
天井についている白い円盤。煙を感知するタイプなら、燻煙剤の煙で確実に作動します。
対策は、付属のカバーかポリ袋で覆うこと。バルサンの箱には専用カバーが入っている製品が多いので、それを使う。ない場合はスーパーの袋を被せて、輪ゴムで縛る。
うちの住人は一つ見落としました。廊下の突き当たり、暗くて気づかなかった一台。焚いて十分後、家中に警報が響いて心臓が跳ねた。
すべての部屋を回って、数を数える
寝室、居間、台所、廊下、階段。設置場所は複数あります。空き家は照明が使えないこともあるので、懐中電灯を持って天井を見上げる。
数えた数と、カバーをかけた数が一致するか確認する。この一手間です。
作業後、外し忘れると意味がなくなる
換気が終わったら、必ず外す。カバーをかけたまま放置した家で、その後何か月も報知器が機能していなかった例があります。
玄関に外すもののメモを貼っておくと、忘れません。
電気と水道が止まっている家の、特殊な問題
水を使うタイプは、水が要る
最近主流の燻煙剤は、缶に水を注いで反応させる方式です。空き家で水道が止まっていると、その場で水が用意できない。
ペットボトルの水を持ち込むか、火をつけるタイプを選ぶ。うちの住人は二リットルのボトルを二本、車に積んで行きました。
換気扇が回らないと、煙が抜けない
電気が止まっていれば換気扇は使えません。窓を全開にして自然換気になりますが、風のない日は煙がなかなか出ていかない。
対角線上の窓を二か所開けて、空気の通り道を作る。それでも通常より時間がかかると見ておく。
暗い家での作業は、日中に限る
照明が点かない家で、夕方から作業を始めると危ない。段差や置いてある荷物が見えず、換気中に足を取られます。
作業は午前中に開始して、明るいうちに換気まで終わらせる。これが安全です。
焚く前の準備で、効き目が変わる
荷物が残っているなら、先に動かす
空き家は家財がそのままのことが多い。タンスや食器棚が壁際に並んでいると、その裏に煙が届きません。
虫が潜んでいるのは、まさにその裏側。可能なら壁から離してから焚く。全部は無理でも、大きな家具を数十センチずらすだけで結果が変わります。
押し入れと引き出しを、全部開ける
襖、押し入れ、下駄箱、流し台の扉、収納の引き出し。開けられるものは全部開放する。
うちの住人は一度目に押し入れを閉じたまま焚いて、後から中を開けたときに黒い粒がびっしり残っていて絶望していました。
食器や布団は、覆うか外に出す
残っている食器、寝具、衣類には薬剤がかかります。使う予定があるものはビニールで覆う。処分予定なら、そのままでいい。
判断がつかないものは覆っておく。後から洗えば済みます。
必要な個数と、置き方
畳数で計算し、部屋ごとに一つ
製品には対応畳数が書いてあります。六畳用なら六畳の部屋に一つ。
襖を開けて二間続きにしたとしても、煙は均等に回りません。部屋ごとに置くのが確実です。
祖母の家は平屋で四部屋。三個では足りず、二度目は五個使いました。台所と洗面所にも一つずつ。
床に直接置かず、皿の上に
畳やフローリングに直接置くと、熱で変色します。付属の台紙があればそれを使い、なければ不要な皿か厚紙を敷く。
部屋の中央、家具から離す
壁際に置くと煙が偏ります。中央に置いて、周囲三十センチは物を退ける。カーテンや紙の近くは避ける。
焚いた後、掃除をしないと意味が半減する
二時間以上の換気が要る
説明書には一時間程度と書かれていますが、空き家は空気が動きにくい。うちは二時間半、窓を開けっぱなしにしました。
その間、家の外で待機する。近所の方が通ったら、換気中ですと一言添えておくと親切です。
死骸を放置すると、次の虫が来る
これがいちばん重要な後処理。燻煙剤で倒れた虫の死骸は、別の虫の餌になります。
換気後、床、押し入れの中、家具の裏を掃除機で吸う。祖母の家では、畳の縁と台所の隅から、想像していた三倍の量が出てきました。手が止まった。
掃除機の紙パックは、その日のうちに家の外のゴミ箱へ。中で復活する種類もいます。
二週間後に、もう一度焚く
燻煙剤は卵に効きません。生き残った卵が孵るタイミングで、二回目を打つ。
これをやるかどうかで、三か月後の状態が変わります。一回で終わらせた家は、夏にまた同じ光景を見ることになりました。
バルサンでは、どうにもならない相手
シロアリには効かない
空き家で怖いのは、むしろこちら。床下や柱の中にいるシロアリに、室内で焚いた煙は届きません。
床がふかふかする、柱を叩くと軽い音がする、羽のついた虫が春先に出た。この兆候があれば専門業者の調査へ。市販品でどうにかしようとすると、時間だけ失います。
ネズミも対象外
黒い粒が米粒より大きい、天井裏で物音がする。これはネズミの領域です。燻煙剤で追い払える相手じゃない。
祖母の家は結局、天井裏にネズミの痕跡が見つかり、専門業者を呼びました。侵入口を塞ぐ工事込みで六万円台。
ハチの巣は、絶対に触らない
空き家の軒下や屋根裏に巣ができていることがあります。刺激すると襲われる。自治体によっては駆除を補助してくれる制度があるので、まず役所に相談を。
作業日の組み立て方
午前中に到着して、報知器のカバーと窓の確認。家具をずらし、押し入れを開ける。昼前に焚いて外へ出る。二時間半後に戻って、全窓を開けたまま換気を続けながら掃除機をかける。夕方までに終わる段取りです。
近隣への挨拶は前日。水と懐中電灯と掃除機の紙パックの替えを、忘れずに車へ積む。
祖母の家は、二回目の燻煙と掃除を終えてから片付けに入りました。畳を踏むときの、あのざらついた感触が消えていた。あれで、ようやく作業する気になれたそうです。

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