買った翌週、扉が指紋だらけになった
共用の冷蔵庫を買い替えた日。
届いたのは、扉の表面がガラスの機種。黒くて、鏡みたいに光っている。キッチンの雰囲気が一段上がった気がした。
「かっこいいじゃん」
六人で囲んで、しばらく眺めていた。
一週間後。
扉の取っ手のあたりが、白い指の跡でびっしり埋まっていた。斜めから照明が当たると、全部見える。
(六人が一日何回開けると思ってるんだ)
布で拭く。三十分後、また同じ場所に跡がつく。
その繰り返しが、三年続いている。
見た目に惹かれて選んだ機種。使ってみて分かった不便を、正直に書く。買ってはいけないという話ではない。ただ、知らずに買うと必ず驚く。
ガラス扉には、二種類ある
話を整理しておく。
一つは、扉の表面が強化ガラスで覆われているもの。中は見えない。デザインとしてのガラス。
もう一つは、中身が透けて見えるもの。店舗用の冷蔵ケースに近い形式。
家庭用で多いのは前者。うちのもこれ。以下、主にこちらの話になる。
デメリットは、三方向から来る
手入れの手間、重さ、そして扱いの繊細さ。
どれも致命的ではない。ただ、毎日効いてくる。
指紋と皮脂が、消えない
光沢のある面は、跡が全部見える
樹脂の扉には、細かい凹凸がある。指の跡が拡散して、目立たない。
ガラスは平滑。触れた部分がそのまま残る。
うちは黒い機種を選んだ。これが最悪の組み合わせだった。白や明るい色のガラスなら、まだ目立たない。
黒い光沢面は、指紋と埃の両方を拾う。
普通に拭いても、筋が残る
乾いた布でこすると、皮脂が伸びるだけ。
筋状の跡になって、かえって目立つ。
うちは最初、キッチンペーパーで拭いていた。繊維が残って、光に当たると白い線が見えた。
効いたのは、固く絞ったマイクロファイバーの布で拭いてから、乾いた別の布で仕上げる二段階。
一日一回、この作業をやる住人がいる。彼が拭いた日は、確かに綺麗になっている。
洗剤の選び方
中性洗剤を薄めて使う。
アルコールを使うと、機種によっては表面の加工が落ちることがある。取扱説明書を確認する。
うちは一度、除菌用のスプレーを直接吹きかけて、乾いたあとに白い曇りが残った。水拭きで戻ったが、焦った。
研磨剤入りのものは絶対に使わない。細かい傷が入って、そこが白く濁る。
重さが、日常に効いてくる
扉が重い
ガラスは、樹脂より重い。
うちの扉は、樹脂の機種より明らかに重かった。開けるときの力が要る。
両手が塞がっているとき、肘で押し開けるということができない。
料理中、皿を持ったまま開けようとして、二回落としかけた。
本体の総重量が増える
搬入のとき、これが問題になった。
うちの玄関は幅が狭い。業者が二人がかりで、三十分格闘した。
同じ容量の樹脂の機種より、二十キロほど重い。
掃除のために動かすことも、ほぼできない。うちの冷蔵庫の裏は、三年間手つかずのまま。
床の耐荷重も、古い建物では気にしたほうがいい。
設置後に、微調整できない
少し右にずらしたい、という調整が難しい。
うちは搬入後、五センチ動かしたくなった。三人がかりで押して、床に跡が付いた。
設置位置は、搬入時に完璧に決める。あとから直せない前提で考える。
割れる、という不安
強化ガラスでも、衝撃には弱い
面で受ける力には強い。ただ、角や一点への衝撃には弱い性質がある。
うちで、住人が鍋の角を扉にぶつけたことがある。割れなかったが、その瞬間の音で全員が振り向いた。
狭いキッチンで、物を持って動き回る環境。この不安が常にある。
子どもがいる家庭では、より気を使うと思う。
マグネットが付かない
意外と困るのがこれ。
ガラスの扉には、磁石が付かない。
うちは、共用の連絡事項や買い出しのメモを冷蔵庫に貼る習慣があった。それができなくなった。
側面が金属の機種なら、そこに貼れる。うちは側面が壁に接していて、使えなかった。
今は、キッチンの壁に別途ボードを設置している。
傷の補修ができない
樹脂の扉なら、細かい傷は目立ちにくい。研磨で目立たなくできる場合もある。
ガラスの傷は、消せない。
うちの扉には、いつ付いたか分からない細い線が二本ある。特定の角度で光が当たると見える。
気になり出すと、ずっと気になる。
中が見えるタイプの、別の問題
整理が、義務になる
透明な扉で中身が見える機種。
常に整った状態を保たないと、外から雑然として見える。
うちは共用なので、これを選ばなくて正解だった。六人が好き勝手に物を入れる冷蔵庫の中身が、外から丸見えになる状況は想像したくない。
一人暮らしで、几帳面な人なら成立する。
断熱性能が落ちる
透明な部分は、断熱材を入れられない。
その分、外の熱が入りやすくなる。
消費電力が上がる傾向がある。うちは選ばなかったので実測していないが、構造上は避けられない。
光が中身に当たる
外から光が入る。
食品によっては、光で劣化するものがある。
店舗用の冷蔵ケースは、商品の回転が速い前提で設計されている。家庭で長期保存するのとは条件が違う。
それでも選ぶ理由
油汚れが、落ちやすい
指紋は付くが、油汚れは樹脂より落としやすい。
表面が平滑なので、汚れが入り込む隙間がない。
うちは、料理中に飛んだ油を拭くとき、この点だけは楽だと感じている。
拭けば必ず落ちる、という安心感はある。
色あせや変色が、起きない
樹脂の扉は、経年で黄ばむことがある。
ガラスは変色しない。三年経っても、色は買ったときのまま。
長く使うほど、この差が出る。十年使う前提なら、意味がある。
キッチンの印象が、変わる
これは否定できない。
うちのキッチンは、この冷蔵庫が入ってから、明らかに雰囲気が変わった。
来客が最初に反応するのが、この冷蔵庫。三年経っても、初めて来た人は必ず触っていく。
そして、指紋を残していく。
買う前に、確認すること
扉の色を、実物で見る
黒い光沢は、写真で見るより指紋が目立つ。
店頭の展示品を、斜めから見る。照明の反射に、跡がどう出るか。
うちは正面からしか見ずに決めた。斜めからの見え方を確認していれば、白を選んでいたかもしれない。
搬入経路を、測る
重さがあるぶん、搬入の難易度が上がる。
玄関の幅、廊下の曲がり角、階段の踊り場。最も狭い場所を測る。
うちは事前に測っていたが、それでもぎりぎりだった。業者に寸法を伝えておくと、判断してもらえる。
側面に、磁石が付くか
扉に貼れないなら、側面を使う。
側面が金属かどうか、店頭で磁石を当てて確認する。
うちは、この確認をしていなかった。設置してから、貼る場所がないことに気づいた。
壁との隙間が確保できるかも、合わせて考える。
先週、キッチンでミオが冷蔵庫の扉を拭いていた。
固く絞った布で、上から下へ一方向に。それから、乾いた布で同じ方向にもう一度。
拭き終わった扉が、天井の照明を鏡のように映していた。
「三十分もたないんだけどね」
そう言いながら、彼女は布を畳んで、扉を開けた。取っ手のあたりに、新しい指の跡が四つ残った。

コメント