洗濯機の下から、黒い輪が広がっていた
洗濯機を動かそうとして、床に手をついた瞬間、指がぬるっとした。
本体の真下。フローリングに、黒ずんだ輪っかが広がっていました。
カビです。
一度も水を溢れさせた記憶はない。なのに、床が湿っている。鼻を近づけると、つんとした嫌なにおい。喉の奥が、ぎゅっとなった。
入居して一年半。防水パンのない脱衣所に、洗濯機を直に置いていました。
一度も溢れていないのに、床が濡れていた
最初、水漏れを疑いました。ホースを全部たどっても、破れも外れもない。
犯人は、洗濯機そのものではなかった。
本体と床が、ぴったり接していたせいでした。空気が通らず、洗濯機が出すわずかな湿気が、逃げ場を失って床に溜まり続けていた。
怖いのは洪水ではなく、静かな湿気
防水パンなし、まず心配するのは、大量の水漏れでしょう。
派手な洪水は、実は起きたら気づく。拭けば済む。
本当に床を殺すのは、気づかないまま何か月も続く、じわじわした湿気のほうです。ここを知らずに置くと、私のように一年半後に黒い輪と対面します。
防水パンは、なくても置ける
そもそも義務ではない
まず、安心してください。
防水パンがなければ洗濯機を置いてはいけない、という決まりはありません。実際、パンのない物件はたくさんあります。
なくても置ける。ただし、パンが担っていた役割を、別の方法で肩代わりする必要がある。それだけの話です。
パンがある家と、ない家の違い
防水パンは、二つの仕事をしています。
ひとつは、水漏れしたとき、水を受け止めて床に広げないこと。もうひとつは、洗濯機を床から少し浮かせて、下に空気を通すこと。
この二つが、パンのない家では、まるごと欠けている。だから、埋める。
ないなら、代わりに何が要るのか
必要なのは、大きく分けて二つ。
水を受けるものと、床から浮かせるもの。
後で詳しく書きますが、この二つさえ用意すれば、防水パンを後付けしなくても、床はかなり守れます。工事も要りません。
床に直接置くと、何が起きるのか
振動が、床に直に伝わる
脱水のとき、洗濯機はかなり揺れます。
床に直置きすると、その振動がダイレクトに伝わる。ガタガタという音が階下に響き、下の住人との関係にひびが入る。
うちも一度、下の階から音の相談が来ました。あれは気まずかった。
逃げ場のない湿気が、木を腐らせる
さっきの黒い輪の話です。
洗濯機の底と床が密着していると、そこに空気が流れません。湿気がこもり、カビが生え、やがて木材そのものが傷んでいく。
フローリングの表面だけならまだしも、下地まで傷むと、退去時の話が一気に重くなります。
いざという時、床下点検口を塞ぐ
見落としがちですが、脱衣所の床には、床下を点検するためのフタがあることがあります。
その真上に洗濯機を直置きすると、いざ配管トラブルが起きたとき、フタが開けられません。
置く前に、床をよく見る。四角い切れ目がないか。ここを確認する人は、ほとんどいません。
防水パンより先に、揃えるべき二つ
かさ上げ台。掃除のためだけではない
洗濯機の四つの脚に履かせる、台。かさ上げ台とか、置き台と呼ばれるものです。
これで本体が床から数センチ浮く。
下に空気が通るので、湿気がこもらない。あの黒い輪は、これひとつで防げていました。掃除機のノズルも入る。振動を吸収するタイプなら、階下への音も和らぐ。
防水パンを買うより安く、効果は大きい。ないなら、まずこれです。
洗濯機の下に、水を受ける皿を
かさ上げして浮いた空間に、大きめの水受けトレーを敷く。
これが、防水パンの代わりに水を受け止めます。万が一の水漏れが、床に直接広がるのを止める最後の砦。
ホームセンターで手に入る、洗濯機用の受け皿で足ります。かさ上げと組み合わせて、初めて意味が出る。
給水ホースの、あの接続部
道具の話から少しずれますが、ここが抜けると全部が無駄になります。
蛇口と給水ホースをつなぐ部分。ここが、水漏れの多発地点です。
ナットが緩んでいないか、パッキンが劣化していないか。指で触って確認する。ここから漏れると、受け皿の外に水が飛ぶこともあります。
それでも水漏れは、どこから来るのか
排水ホースが抜ける、という王道
洗濯機の水漏れで、いちばん多いのがこれ。
排水ホースが、排水口からすっぽ抜ける。脱水の振動で少しずつずれて、ある日外れる。そのまま排水すれば、洗濯機一杯分の水が床にぶちまけられます。
差し込むだけでなく、抜け防止で固定する。結束バンドや専用の部品で、しっかり留めておく。
ゴミ詰まりで、逆流する
排水口にゴミが溜まると、水が流れきらずに逆流します。
糸くず、髪の毛、洗剤のカス。これらが排水口の奥で固まって、栓のようになる。
排水口の掃除は、防水パンの有無に関係なく必要です。パンがないぶん、逆流したときの被害が直接床に来る。半年に一度は、排水口を分解して洗う。
糸くずフィルターの、見落とし
洗濯槽の中にある、糸くずを取るフィルター。あるいは本体の下部にある排水フィルター。
ここが詰まると、排水がうまくいかず、水があふれることがあります。
機種によって場所が違うので、説明書で位置を確認して、こまめに掃除する。地味ですが、ここのトラブルは意外と多い。
賃貸で、退去費用を分けるもの
通常損耗と、過失の境目
賃貸でいちばん気になるのは、ここでしょう。
普通に住んでいて生じる劣化は、通常損耗として、基本的に借りた人の負担にはなりません。
一方、水漏れに気づかず放置して床を腐らせた場合は、手入れを怠った過失と見なされ、修繕費を求められることがあります。
同じ床の傷みでも、原因と対応で、負担する人が変わる。この線引きが、費用の分かれ目です。
置いた日の写真が、一年後に効く
洗濯機を置く前の床を、写真に撮っておく。
これが、退去時に効きます。もともとあった傷なのか、自分がつけたのか。証拠がないと、水掛け論になる。
入居時の状態を記録しておくだけで、身を守れます。撮るのはタダ。撮らなかった後悔は、数万円かもしれない。
火災保険が、水漏れをカバーすることがある
賃貸を借りるとき、たいてい火災保険に入っています。
この保険が、洗濯機の水漏れで階下に損害を与えた場合を、補償することがあります。
証券を一度、確認しておく。いざ階下へ水が漏れたとき、これがあるかないかで、状況がまるで変わります。
この家が落ち着いた、洗濯機まわり
パンは付けず、皿とかさ上げで守った
あの黒い輪のあと、うちは防水パンの後付けは選びませんでした。
代わりに、かさ上げ台で本体を浮かせて、その下に水受けトレーを敷いた。給水と排水の接続部を、しっかり固定し直した。
半日で終わる作業でした。カビの生えた床は、管理会社に連絡して相談した。放置せず、すぐ言ったのがよかったらしい。
月に一度、下を覗く習慣
今は、月に一度、洗濯機の下を覗きます。
トレーに水が溜まっていないか。床が湿っていないか。ホースがずれていないか。
懐中電灯で照らして、三十秒。それだけで、あの一年半分の見落としが、二度と起きないようになりました。
防水パンがないこと自体は、問題じゃない。問題は、パンがないことに気づかないまま、下を一度も覗かないことでした。
洗濯機の下に空気が流れているか。ときどき覗いてやる。たったそれだけで、床は静かに守られています。

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