三十四インチが届いた日、リビングが静まり返った
玄関に立てかけられた段ボールが、明らかにおかしい大きさだった。
横幅、八十センチ超。持ち上げたリョウさんの腕が、ぷるぷる震えている。
「デカすぎでは」
誰かがぼそっと言って、全員が黙った。共用リビングのテーブルに置いた瞬間、部屋の重心が一段下がった気がしましたよ。
湾曲した三十四インチ。ベゼルは細く、黒い画面が鏡みたいに部屋を映している。かっこいい。文句なしに、かっこよかった。
開封から一週間で、彼は首を回すようになった
異変に気づいたのは、その次の週です。
作業中のリョウさんが、ときどき首をぐるっと回して、肩を押さえる。ぼきっと鳴る音がテーブル越しに届く。
(あれ、前はこんなことしてたっけ)
本人は最初、寝不足のせいだと言っていました。ちがった。
憧れているのは、性能じゃなくて写真のほう
正直に書きます。ウルトラワイドを検索している人の大半は、性能を知りたいわけじゃない。
デスク周りの写真に、心を持っていかれている。
あの横長の黒い板が置かれた机は、仕事ができる人の机に見える。私も見た。見て、ほしくなった。それ自体は健全な欲望です。
ただ、仕事道具として買うなら、写真に写らない部分の話をしておかないとフェアじゃない。
いちばん堪えるのは、首の移動量
端まで見るのに、顔ごと動く
横に広い画面の左端から右端まで、目だけで追えると思っていました。
無理です。
三十四インチクラスになると、幅は八十センチ前後。座って七十センチの距離から見ると、端は視界のかなり外にある。眼球じゃ足りない。顔が動く。
一日に何百回。首の付け根に、じわじわ効いてくる。リョウさんの肩が鳴っていたのは、これでした。
中央に寄せて使うなら、それは幅の無駄
だから多くの人は、無意識に画面の真ん中だけを使い始めます。
左右の端は、常時表示のカレンダーとか、流れっぱなしのチャットとか。要するに、見ていない領域。
高い金を払って買った横幅の三割が、飾りになる。
(これ、二十七インチでよかったのでは)
その考えが浮かんだ瞬間から、後悔が始まります。
湾曲は、この問題を半分しか解決しない
湾曲パネルは、端を自分のほうへ寄せてくれる設計です。目との距離が均等に近づくので、視認性は確かに上がる。
ただ、寄るのは画面のほうであって、首の移動量そのものは大きくは減りません。
それと、湾曲には別の副作用がある。まっすぐな線が、微妙に反る。図面を引く人、写真を扱う人、罫線をきっちり見たい人。ここは正直に相性が悪い。
湾曲を選ぶかどうかは、好みじゃなくて職種で決まります。
会議になると、その広さが牙をむく
画面共有すると、相手には細長い帯が届く
これが、いちばん想像しにくい落とし穴でした。
画面全体を共有する。すると相手の画面には、横に間延びした帯が表示されます。上下に黒い余白が入って、肝心の文字は小さい。
相手の環境が普通の十六対九なら、まあ、そうなる。
「もう少し大きくできます?」
会議で二回言われたリョウさんは、それ以来、共有するときはウィンドウ単位に切り替えるようになりました。全画面共有という選択肢が、実質消えた。
カメラの位置が、遠くなる
在宅の会議では、画面の上にカメラを置くのが定番です。
ところがウルトラワイドは、上に載せる場所が広すぎる。中央に置いたつもりが、少しずれる。自分の顔が画面の隅に寄っていることに、三回目の会議で気づいた。
細かい話に聞こえるでしょ。毎日やる人には、細かくないんですよ。
縦が足りない、という盲点
横に広いのではなく、上下が薄い
ここが本丸です。
三十四インチのウルトラワイドは、縦の高さが二十七インチのモニターとほとんど変わりません。横だけが伸びている。
つまり、視野は広がったのに、一画面に入る行数は増えていない。
仕事で扱うものを思い出してください。文章、コード、表計算、資料。どれも縦に長い。
スクロール回数は、一ミリも減らないんです。
コードもドキュメントも、縦に流れている
横に並べたいものが多い仕事なら、恩恵はあります。動画編集のタイムライン。株価のチャート。設計図。翻訳の原文と訳文。
でも、多くの会社員がやっているのは、資料を読んで、文章を書いて、表を埋める作業でしょう。
この三つは、全部が縦の作業。
横方向の広さは、ここではほとんど効きません。
三十四インチと二十七インチを並べた結果
うちのリビングで、実際に比べました。
リョウさんの湾曲三十四インチと、ハナさんの二十七インチ。ハナさんのほうは、縦向きに回して立てている。
長い仕様書を開いた瞬間、勝負がついた。縦置きの画面は、丸ごと一ページが入る。ウルトラワイドは、半分。
そのとき、リョウさんが小さく息を吐いた音を、私は聞き逃さなかった。
ノートPCが、そもそも映してくれないことがある
出力の上限で、解像度が落ちる
モニター側が対応していても、ノートPCの出力が追いつかないことがあります。
外部出力の解像度に上限があると、せっかくの横長を本来の細かさで表示できない。文字が、なんとなく眠い。滲んで見える。
買う前に確認するのは、モニターの型番より、自分のPCが何を出せるかのほう。順番を間違えると、届いてから青ざめます。
ケーブル一本で電源まで、を信じない
一本つなぐだけで映像も充電も、という売り文句。あれは条件付きです。
モニターの給電が六十五ワットで、ノートPCが九十ワットを要求していたら、充電は追いつかない。作業中にじりじりバッテリーが減っていく。
ワット数を見る。この一行、商品ページのだいぶ下のほうに小さく書いてあります。
置き場所と体の位置を、先に決める
奥行き七十センチは、正直きつい
横幅八十センチのモニターを、奥行き六十センチの机に置く。すると、画面との距離が近すぎて、端がもっと見えなくなる。
理想は、七十センチ以上の奥行き。
うちの共用テーブルは六十センチでした。リョウさんは椅子を引いて、体をのけぞらせて使っていた。あの姿勢、腰に来ますよ。
アームを付ける前に、天板の厚みを測る
純正のスタンドは、たいてい場所を食います。だからモニターアームを買う人が多い。
そこで詰まるのが、天板の厚みと、耐荷重。
三十四インチは重い。七キロ、八キロは普通にある。アームの耐荷重を超えると、じわじわお辞儀してくる。
がしゃん、と落ちてからでは遅い。数字は先に見ておく。
買うべき人と、買わなくていい人
素材を横に並べる仕事なら、勝てる
言い切ります。ウルトラワイドが本気で効くのは、横に並べる必然がある人だけ。
編集ソフトのタイムラインを長く見たい。左に原文、右に訳文。相場のチャートを何本も並べたい。設計図を端から端まで追いたい。
この人たちには、二枚のモニターより強い。中央に継ぎ目がないという一点が、決定的に効くから。
文章とコードが主戦場なら、縦置きを二枚
資料を読んで、書いて、表を埋める。この働き方なら、答えは横じゃない。
縦の情報量です。
二十七インチを二枚。片方を縦にする。それだけで、スクロール回数がはっきり減ります。値段は、ウルトラワイド一枚より安く収まることが多い。
かっこよさは、まあ、負けます。負けるけど、首は痛くならない。
この家で落ち着いた、いちばん退屈な結論
リョウさんは今、あの三十四インチをリビングに置いたままにしています。
映画を観るときと、休日にゲームをするときだけ、専用の椅子に座って使う。仕事のときは、部屋の二十七インチ二枚。
道具を間違えたわけじゃない。置く場所を間違えていた。
ちなみに、あの巨大なモニターの前でみんなで映画を観る夜は、けっこういいものです。首が痛くならないのは、たぶん体を預ける椅子があるから。

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