机の端で、小さな白い筒が静かに回っていた。
その二十センチ隣に灰皿。立ち上った煙はゆらりと上へ抜けて、天井へ吸い込まれていく。筒のほうへは、一筋も向かわない。
使っていたタカシさんは、買って三週間でこう言った。
「効いてる気がしないんですよね。部屋のにおいは前と変わらないし」
機械の性能ではなく、置き方の問題だった。位置をずらしてもらったら、翌週には言うことが変わっていた。
卓上機は、煙のそばにいないと働かない
煙はまっすぐ上へ抜ける
火のついた先から立ち上る煙は、熱を持っているぶん上昇する。横へは広がらない。
卓上の空気清浄機は吸気口が側面や下部にあるものが多く、上へ逃げていく煙は捕まえられない。机の上に置いてあるだけでは、部屋の空気をゆっくり回しているにすぎない。
その回し方も、卓上サイズだとかなり遅い。風量が小さいから、六畳の空気が一周するのに時間がかかる。
三十センチ寄せるだけで結果が変わる
タカシさんに頼んだのは、機械を灰皿の風下側へ、距離を三十センチ以内に置くこと。それだけ。
煙が上がりきる前に、吸気の流れの中に入るようにする。灰皿型で本体に煙を吸い込む構造のものなら、もっとはっきり差が出る。
翌週、部屋に入ったときのつんとした感じが弱くなっていた。壁に染みたぶんは残っているので完全には消えない。それでも、その場の空気は明らかに違う。
卓上機は部屋をきれいにする道具ではなく、発生源で吸い取る道具。この理解に切り替えると、使い方が定まる。
表示されている畳数を、読み違えている
花粉基準とタバコ基準は、別の数字
意外と知られていないところ。日本の空気清浄機には、規格に基づいた適用畳数が二種類表示されている。
花粉を基準にした数字と、タバコの煙を基準にした数字。同じ製品でも、後者は前者の四割から六割ほどになる。
花粉で二十五畳とうたわれた機種が、タバコ基準では十二畳。この差を知らずに買うと、六畳の部屋で使っているのに能力が足りない、という状況になりうる。
箱の目立つ場所に書かれているのは、たいてい大きいほうの数字。仕様表の細かい欄まで下りて確認する。
部屋の広さの二倍を目安にする
適用床面積は、規定の濃度の粉じんを三十分でどこまで処理できるか、という指標。
喫煙する部屋で使うなら、部屋の畳数の二倍以上を目安にする。六畳なら十二畳以上。喫煙量が多かったり換気が少なかったりする環境では、そこからさらに余裕を見る。
ここまで書くと察しがつくと思うけれど、卓上サイズでこの条件を満たすのは難しい。USB給電の小型機は、タバコ基準で数畳という機種も珍しくない。
部屋全体を狙うなら据置型。卓上機は手元専用。役割を分けたほうが、どちらも腐らない。
煙は二種類あって、取り方が違う
粒子はフィルターが捕まえる
タバコの煙は、目に見える粒子の部分と、目に見えないガスの部分に分かれている。
前者はタールを含む微細な粒で、これは高性能フィルターで捕まえられる。白い煙が薄くなるのは、この働き。
ただしタールは粘着性が高く、フィルターの目をどんどん埋めていく。花粉やほこりを想定した寿命表示は、喫煙環境ではあてにならない。
においのもとは活性炭が吸い、そして飽和する
においの正体はガス側の成分で、こちらは活性炭が吸着する。
活性炭には吸える量の上限がある。満杯になった時点で、それ以上は素通り。しかも見た目ではわからない。
効きが落ちたと感じたら、風量を上げるより先に交換を疑う。ここを放置したまま強運転を続けると、電気を使ってにおいを部屋中に配っているだけの状態になる。
一酸化炭素のようなガスは、そもそも家庭用の設計対象に入っていない。取扱説明書に、タバコの有害物質をすべて除去できるわけではない旨の注記が入っている機種もある。買う前に一度読んでおくと、期待値の置き方を間違えずに済む。
換気なしで回すと、かえって苦しくなる
濾過は、循環でしかない
空気清浄機は空気を入れ替える装置ではない。同じ空気を何度も通して、そのたびに少しずつ汚れを取る仕組み。
窓のない部屋で、換気扇も回さずに機械だけ動かすと、除去しきれない成分が室内にたまっていく。
つまり卓上機を買っても、換気の必要はなくならない。むしろ、機械があるから窓を開けなくていいと思い込む人ほど、部屋の空気が悪くなる。
窓を細く開ける効き目
いちばん確実なのは、換気扇の真下で吸うこと。台所の換気扇は、家庭にある中で最も強い排気装置。
それが無理なら、窓を五センチほど開けて、その手前に卓上機を置く。煙が外へ向かう流れの途中に機械を挟む配置。
エリさんの部屋では、この形にしてから壁の黄ばみの進みが目に見えて遅くなったという。冬は寒いけれど、五センチなら耐えられる範囲。
壁と天井は、この機械では守れない
タールは吸い込まれる前に着地する
火をつけた瞬間、煙は一気に部屋へ広がる。機械が吸い込むより先に、粘り気のある成分がカーテンや壁紙、衣類や髪に付く。
表面に付いたものは空気中にないので、空気清浄機の守備範囲から外れる。いわゆる三次喫煙と呼ばれる部分。
放置すると酸化して変質し、水拭きでは落ちない汚れに変わっていく。
退去のときに効いてくる
賃貸で暮らしているなら、ここが金額として跳ね返る。
通常の生活で生じる汚れと違い、喫煙による壁紙の黄ばみやにおいは借りた側の負担とされやすい。部屋全体の張り替えになれば、数万円では済まない。
月に一度、壁を拭く習慣をつけておく。セスキ炭酸ソーダを水に溶かしたもので上から下へ。機械の外装や吹き出し口も同じように拭くと、本体にこもったにおいが軽くなる。
掃除をしないまま二年過ごした部屋と、月一回拭いた部屋。退去の立会いで見せられる見積書の桁が変わる。
買う前に決めておく三つ
交換フィルターの値段を先に見る
本体が五千円でも、フィルターが三千円で半年ごとなら、二年で本体の倍以上を払うことになる。
喫煙環境ではフィルターの傷みが速い。表示された寿命の半分から三分の一を見ておくと、計算が狂わない。
水洗いできる集じん方式のものは交換が要らない反面、脱臭の力は弱め。においを重く見るなら、活性炭を積んだ交換式を選んで、消耗品代を織り込む。
紙巻きか加熱式かで、期待値が変わる
加熱式は、紙巻きに比べてタールや一酸化炭素の発生が抑えられている。壁や衣類への付着も少ない。
においが完全に消えるわけではないものの、脱臭機能のある機械と組み合わせれば、卓上サイズでも手応えが出る。
紙巻きを室内で吸う場合、卓上機で部屋の空気をどうにかしようとするのは無理がある。発生源のすぐ横で吸わせて、あとは換気に任せる。役割を絞れば、無駄な買い物にはならない。
卓上機に頼んでいい範囲
自分の手元の煙を、少し薄くする。においが服につく量を減らす。同居人のいる部屋で、煙が向こう側へ流れる時間を短くする。
このあたりまで。部屋を無臭にする、受動喫煙を防ぐ、健康被害をなくす。そこまでは担えない。
できることの線をきちんと引いてから買うと、三週間で棚の奥に消える展開を避けられる。
タカシさんの机では今も同じ筒が回っている。位置は灰皿の真横、窓側。買ったときと同じ製品なのに、本人の評価だけが変わった。

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