夏の夜、大鍋いっぱいに作ったカレーを、湯気が立つまま冷蔵庫へ押し込んだ住人がいた。早く片づけて寝たかったらしい。翌朝、冷蔵庫を開けたら、庫内がなんだか生ぬるい。奥に入れておいた牛乳パックに手を当てると、いつものひんやり感がない。(あれ、冷えてなくない?)隣の作り置きのおかずも、なんとなく元気がない匂いがする。共用の冷蔵庫だから、一人が熱い鍋を突っ込むと、みんなの食材が巻き添えを食う。カレーを入れた本人は「熱いまま入れたらダメなの?」ときょとんとしていた。冷蔵庫に熱いものを入れると、その鍋だけの問題では済まなかったのだ。
熱い鍋を突っ込んだら、庫内ごと生ぬるくなった
きっかけは、その夏いちばんの暑い夜だった。冷ますのが面倒で、熱いまま冷蔵庫へ。よくある光景だ。それが、冷蔵庫全体に思わぬ影響を及ぼした。原因をたどると、冷蔵庫の仕組みそのものに行き着いた。
入れた鍋だけでなく、周りの食材まで温まる
不思議だったのは、影響を受けたのがカレーの鍋だけではなかったことだ。その隣の牛乳も、奥のおかずも、そろって庫内の冷気を失っていた。熱い鍋が一つ入っただけで、冷蔵庫の中全体の温度が上がっていたのだ。(鍋だけの話じゃないのか)この事実に気づいた時、冷蔵庫の中が一つの空間としてつながっていることを、あらためて思い知った。熱い鍋が放つ熱は、その鍋にとどまらず、庫内の空気を通じて周りの食材にまで伝わる。一人の油断が、庫内全員に及ぶ。
熱がこもって、冷蔵庫が必死に冷やし続ける
熱い鍋を入れた冷蔵庫は、上がった庫内温度を下げようと、フル回転で冷やし始める。庫内から「ブーン」といつもより大きなモーター音が響いていた。冷蔵庫が、必死に働いている音だ。熱いものが放つ熱を打ち消すために、冷蔵庫は普段よりずっと多くのエネルギーを使う。その間、電気代もかさむ。冷蔵庫にとって、熱い鍋は、急に増えた重労働にほかならない。すぐには冷えず、じわじわと時間をかけて、ようやく庫内が元の温度に戻る。その回復までの間、庫内の食材は生ぬるさにさらされ続ける。
いちばんまずいのは、他の食材が傷むこと
熱いものを入れる本当のデメリットは、電気代でも、その料理の劣化でもない。庫内温度が上がることで、周りの食材が傷むことだ。ここは言い切る。自分の作り置きを冷ますのを面倒がった結果、他の食材の安全が脅かされる。
庫内温度が上がると、菌が動き出す
冷蔵庫が食材を安全に保てるのは、庫内を低い温度に保って、食材を傷める菌の動きを抑えているからだ。熱い鍋が入って庫内温度が上がると、この抑えが効かなくなる。菌が活発に動き出す温度帯に、庫内が一時的に足を踏み入れる。すると、それまで冷蔵庫が守ってきた食材の中で、菌が増え始める恐れがある。特に、生ものや、傷みやすいおかずは影響を受けやすい。冷蔵庫は低温を保ってこそ意味がある。その低温を、熱い鍋一つが崩してしまう。庫内温度の上昇は、庫内全体の安全を揺るがす。
共用の冷蔵庫なら、みんなの食材が犠牲になる
これが共用の冷蔵庫だと、被害はさらに広がる。一人が熱い鍋を突っ込んだせいで、庫内温度が上がり、他の住人が入れておいた食材まで、菌が動きやすい温度にさらされる。自分の作り置きは無事でも、隣人の牛乳や、下の段の総菜が傷むかもしれない。あの朝、生ぬるくなっていたのは、鍋を入れた本人の食材だけでなく、みんなの食材だった。共用の冷蔵庫は、一人の行動が全員に響く。熱いものを入れるという小さな油断が、庫内全員の食材を危険にさらす。だからこそ、共用では特に、熱いまま入れない配慮が要る。
熱いものを冷ますには、氷水と小分けが効く
では、どう冷ませばいいのか。ただ室温で放置するより、ずっと速く安全に冷ます方法がある。氷水と、小分けだ。この二つを使えば、冷ます時間をぐっと縮められる。
鍋ごと氷水につけて、一気に温度を下げる
大きな鍋を早く冷ますなら、氷水を使うのが効く。シンクや大きなボウルに氷水を張って、そこに料理の入った鍋を、底を浸すようにつける。鍋の外側から冷やすことで、室温に放置するより、はるかに速く温度が下がる。時々かき混ぜると、鍋全体が均等に冷えて、冷める速度がさらに上がる。氷水の冷たさが、鍋の熱をぐんぐん奪っていく。室温でだらだら冷ますと、菌が動きやすい温度帯に長くとどまってしまうが、氷水なら、その危険な温度帯を素早く通り抜けられる。冷蔵庫に入れる前の、この下ごしらえが効く。
小分けにすると、冷める速度が段違いになる
もう一つの効果的な方法が、小分けだ。大きな鍋のままだと、中心部が冷えるまでに時間がかかる。同じ料理でも、浅い容器に小分けにすると、表面積が増えて、熱が逃げやすくなる。冷める速度が段違いに速くなるのだ。大鍋のカレーを、いくつかの保存容器に分けて入れる。それだけで、冷める時間が大幅に縮まる。しかも、小分けにしておけば、冷蔵庫に入れた後も、庫内温度への影響が小さくて済む。大きな熱の塊を一つ入れるより、小さく分けて入れるほうが、庫内にやさしい。冷ますのも、入れるのも、小分けが理にかなっている。
でも、冷ましすぎて放置するのは別の危険
熱いまま入れないことは大事だが、だからといって、冷めるのを待つ間、いつまでも室温に放置していいわけではない。冷ましすぎて長く置くのも、別の危険を招く。ここのバランスが難しい。
常温で置きっぱなしは、菌の温床になる
料理を冷まそうと室温に置く時間が長すぎると、料理自体が、菌の動きやすい温度帯に長くとどまることになる。特に夏場は、室温そのものが高いから、冷めきる前に菌が増え始める恐れがある。冷蔵庫に入れる前に完全に冷まそうとして、何時間も放置するのは、かえって危ない。あら熱が取れたら、冷たく冷えきるのを待たずに、冷蔵庫へ移す。熱すぎてもいけないが、冷ますのに時間をかけすぎてもいけない。この両方を避ける、ちょうどいいタイミングを狙いたい。放置は、熱いまま入れるのとは別の落とし穴だ。
あら熱が取れたら、早めに冷蔵庫へ移す
目安は、あら熱が取れた頃合いだ。手で触れて、熱くはないけれど、まだほんのり温かいくらい。そこまで冷めたら、冷えきるのを待たずに冷蔵庫へ入れる。この段階なら、庫内温度への影響は小さく、かつ料理を危険な温度帯に長く置かずに済む。氷水と小分けで手早くあら熱を取り、そのタイミングで庫内へ。この流れが、庫内の食材も守りつつ、入れる料理も安全に保つ、いちばんいい塩梅だ。熱いまま入れるでも、冷ましすぎて放置するでもなく、その中間を素早く通す。ここが、作り置きを安全にしまうコツになる。
入れ方の工夫でも、庫内への影響を減らせる
冷まし方に加えて、冷蔵庫への入れ方を工夫すると、庫内温度の上昇をさらに抑えられる。ちょっとした置き方の配慮が、効いてくる。
詰め込みすぎると、冷気が回らなくなる
冷蔵庫にものを詰め込みすぎると、庫内の冷気の流れが悪くなる。冷気が全体に行き渡らず、冷えムラができる。この状態で熱いものを入れると、上がった温度が下がりにくく、回復に余計な時間がかかる。庫内に少し余裕を持たせて、冷気が回る隙間を作っておくと、熱いものを入れた後の温度回復も速くなる。ぎゅうぎゅうに詰まった冷蔵庫は、熱の影響を受けやすい。共用の冷蔵庫はものが多くなりがちだが、冷気の通り道を確保しておくと、庫内全体が安定して冷える。詰め込みすぎない。これも庫内を守る一手だ。
ドアの開け閉めを減らして、冷気を逃がさない
熱いものを入れた直後の冷蔵庫は、温度を下げようと必死になっている。この時、ドアを何度も開け閉めすると、せっかくの冷気が逃げて、温度回復がさらに遅れる。熱いものを入れた後は、しばらくドアの開閉を控えて、冷蔵庫が落ち着いて冷やせるようにしたい。用事はまとめて済ませ、ドアを開けている時間を短くする。冷気を逃がさない意識が、庫内温度の早い回復を助ける。熱いものを入れて温度が上がっている時ほど、この配慮が効く。ドアの開け閉めという何気ない動作も、庫内の温度管理に関わっている。
結局、冷ましてから入れるのが庫内を守る
冷蔵庫に熱いものを入れるとどうなるか。突き詰めて分かったのは、その料理だけの問題ではなく、庫内温度が上がって周りの食材まで危険にさらされる、ということだった。菌が動き出す温度帯に庫内が足を踏み入れ、他の食材が傷む恐れが生まれる。共用の冷蔵庫なら、一人の油断が全員の食材を巻き添えにする。だから、氷水と小分けであら熱を手早く取ってから入れる。ただし、冷ましすぎて長く放置するのも別の危険だから、あら熱が取れたら早めに移す。入れ方も、詰め込みすぎず、ドアの開閉を控える。熱いものと冷蔵庫の付き合い方は、この一連の配慮に尽きる。
あら熱を取ってから入れれば、みんなの食材が無事
今、うちの共用冷蔵庫に、湯気の立つ鍋が突っ込まれることはなくなった。あの生ぬるい朝が、みんなの意識を変えた。作り置きは、氷水につけて小分けにして、あら熱を取ってから庫内へ。冷ますのに時間をかけすぎず、かといって熱いまま入れず、ちょうどいい頃合いで移す。庫内には冷気が回る隙間を残し、入れた直後はドアの開閉を控える。熱い鍋一つが、庫内全員の食材を危うくする。それを一度知ったからこそ、みんなが冷ましてから入れるようになった。自分の作り置きを守るだけでなく、共用の冷蔵庫を使う全員の食材を守る。冷蔵庫に熱いものを入れない配慮は、そこに行き着いた。

コメント