ザルとゴムベラで格闘して、三十分が消えた
かぼちゃのポタージュを作ろうとした夜。
茹でたかぼちゃをザルに乗せて、ゴムベラでぐいぐい押しました。
落ちない。
網の上でかぼちゃが横に逃げる。ベラがしなる。手首に力が入って、額に汗がにじむ。十分経っても、下のボウルには申し訳程度の黄色い山。
これ、絶対やり方が違う
腕がぱんぱんになった頃、リビングから顔を出したユキさんが、ひとこと。
「お玉でやってみたら」
押しても押しても、下に落ちない
言われた通りにお玉の背でやったら、三分で終わりました。
三十分が、三分。
道具のせいで手が止まっているとき、たいてい原因は道具の不在ではありません。
道具が悪いのではなく、組み合わせが違った
裏漉し器がないから困っている。そう思って検索している人が多いはず。
実際に足りていないのは、網ではなく、押すほうの道具だったりします。
ここを取り違えたまま、新しい網を買っても、また同じ夜が来ます。
裏漉しは、二つの作業を同時にやっている
潰すことと、ふるい分けること
裏漉し器が何をしているのか、分解してみます。
ひとつは、食材を細かく潰すこと。もうひとつは、皮や筋や殻といった、口に残るものを網の上に置き去りにすること。
この二つが、同時に起きている。だから仕上がりが、あんなに滑らかになる。
どちらが目的かで、代用品が変わる
潰すのが目的なら、マッシャーやフォークで足ります。網はいらない。
ふるい分けるのが目的なら、網の目の細かさが全てです。潰す力より、そっちが効く。
あなたが今から作るものは、どちらでしょう。そこを決めないまま代用品を探すと、また三十分溶けます。
まず家にあるもので勝てるのか
目の細かいザルは、かなり戦える
結論から言うと、いちばん実用的なのはこれです。
ステンレスの、目の細かいザル。パスタを湯切りする粗いやつではなく、粉や出汁を漉すために作られた、細かいほう。
底が平らに近いものだと、力が伝わりやすい。丸く深いザルは、押した力が逃げます。
プラスチックの安いザルは、力を入れた瞬間にたわむので、向いていません。
粉ふるいは、裏漉し器の親戚
製菓用の粉ふるい。あれは、網の目の細かさが裏漉し器にかなり近い。
持ち手が付いているタイプなら、ボウルの縁に引っかけて安定させられます。
ただ、強く押すと網が伸びる。粉ふるいの網は、そこまでの圧力を想定して作られていません。ゆで卵くらいの柔らかさなら平気ですが、かぼちゃを全力で押すのはやめておいたほうがいい。
味噌漉しが、いちばん近い
意外な伏兵。味噌漉しです。
持ち手があって、網が細かくて、フレームがしっかりしている。構造として、小型の裏漉し器そのもの。
量が少ないときの裏漉しなら、これでほぼ完璧に代用できます。うちの共用キッチンで、いちばん出番が多いのは実はこれ。
ザルで裏漉すときの、たった一つのコツ
ゴムベラではなく、お玉の背
これが、あの夜の答えでした。
ゴムベラは、しなります。力を入れた分だけ曲がって、圧が食材に届かない。
お玉の背は、曲がりません。丸みが網のカーブに沿うので、面で押せる。カレーを混ぜるあの丸い金属が、こんなところで効いてくるとは。
木べらの背でも、カードでも、要は硬くて曲がらないもの。それを選ぶだけで、作業時間が十分の一になります。
縦に押さない。横に引く
上から真下へ押しつける。みんなこれをやります。私もやった。
落ちません。
正しいのは、網に食材を押しつけながら、横へ滑らせること。ぐっ、すーっ。この二拍。網の目に食材を擦り込むイメージです。
垂直に押すと、網が変形するだけで、目には通りません。
網の裏を、忘れずにこそげる
ここ、初めての人がまるごと落とすところ。
網の下側に、押し出された食材がびっしり張りついています。あれを集めないと、半分近くを捨てることになる。
カードやスプーンで、裏側を下から上へこそげ取る。ボウルの中に、ぽたぽたと落ちてくる。
最初にこれを教わったとき、私は今まで何を捨ててきたんだと膝から力が抜けました。
何を裏漉すかで、道具を替える
じゃがいもとかぼちゃ。マッシャーで足りる日もある
熱いうちなら、じゃがいももかぼちゃも、マッシャーで十分に潰れます。
ポテトサラダやコロッケなら、それで終わり。裏漉しは要りません。
逆に、絹のような口当たりを狙うなら、裏漉しが要る。マッシャーだけでは、繊維が残るので。
何を作るかで、必要な滑らかさが違う。ここを混同して、必要のない裏漉しに三十分かける人が、けっこういます。
ゆで卵。ザルより、あの網が強い
タルタルソースやサンドイッチの卵。
ゆで卵を裏漉すなら、味噌漉しか、目の細かいザル。柔らかいので、力はほとんど要りません。
黄身と白身を分けて、黄身だけ裏漉すと、口の中でふわっと溶ける。この一手間で、店の味に近づきます。
果物とトマト。目の細かさが命
いちごやトマトのソースは、種と皮を止めるのが目的。潰す力は要らない。
ここでは、網の目がすべてです。粗いザルだと、種がするりと抜けて、あとで舌に当たる。
細かい網がなければ、キッチンペーパーやガーゼを重ねる手もあります。ただし、押さない。落ちるのを待つだけ。押した瞬間に、濁ります。
カスタードと茶碗蒸し。ここは妥協しない
卵液を漉す作業。これを飛ばした人は、必ず後悔します。
カラザという白い紐状のものと、溶けきらない卵白の塊。あれが残ったまま火を入れると、す立ちの原因になり、口当たりがざらつく。
ここで使うのは、目の細かいザル一枚。押す必要すらありません。
液体なので、ただ通すだけ。三十秒で終わる。三十秒で、仕上がりがはっきり変わる。
ザルすらない日の、最後の手段
ラップと竹串で、即席の漉し器
本当に何もない夜に、うちでやった方法。
ボウルにラップをぴんと張って、竹串でぷつぷつと穴を開ける。そこへ食材を乗せて、スプーンの背で押す。
穴の数と大きさは、自分で決められます。細かい仕上がりが欲しいなら、穴を小さく、数を増やす。
美しくはない。でも、少量なら、ちゃんと通ります。
保存袋を使い切る
茹でた芋を厚手の保存袋に入れて、袋ごと手で潰す。空気を抜いて、コップの底で押す。
角を小さく切れば、そのまま絞り出せる。マッシュポテトを型に流すところまで、袋一枚で完結します。
洗い物が出ないのが、深夜の自分にはありがたい。
スプーンの背だけで押し切る
少量なら、これで足ります。
ザルの上に食材を乗せて、スプーンの背で、少しずつ。焦らない。一気にやろうとすると、逃げます。
量が多いときは、諦めてザルを探しに行ったほうが早い。
そもそも裏漉さないと、どうなるのか
舌が気づくのは、粒ではなく皮
裏漉しを飛ばすと、何が起きるのか。
実は、多少の粒々は、そこまで気になりません。舌が引っかかるのは、皮と筋と繊維です。
トマトの皮。かぼちゃのわた。芋の筋。卵のカラザ。
これらが一つでも残っていると、口の中で急に現実に引き戻される。滑らかなスープの中に、突然の異物。
飛ばしていい料理と、飛ばせない料理
はっきり言います。
家庭のポタージュでミキサーを使うなら、裏漉しは省いていい。ミキサーがそれなりに仕事をします。
省けないのは、茶碗蒸し、カスタード、プリンといった、卵液を固める料理。それと、種や皮を含む果物のソース。
ここを飛ばすと、食べた人が一口目で気づきます。
買うか、代用し続けるか
年に何回使うかで決まる
裏漉し器は、専用品です。専用品は、専用品にしかできない仕事をする。
年に二、三回なら、ザルとお玉の背で乗り切ればいい。
月に一度でも卵液を漉すなら、目の細かいザルを一枚、買っておく。裏漉し器そのものより安く、他の用途にも使えます。
この家に置いてある、一枚の網
うちの共用キッチンには、結局、裏漉し器はありません。
代わりに、目の細かいステンレスのザルと、味噌漉しと、お玉。この三つで、ほとんどの夜をしのいでいます。
あのかぼちゃの夜から二年。ポタージュを作るとき、私は迷わずお玉の背に手を伸ばします。網に食材を擦りつけて、横へすーっと引く。下のボウルに、黄色がゆっくり溜まっていく。
道具が足りないのではなく、押し方を知らなかっただけ。今なら、そう言えます。

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